もう音が聞こえてきました。
今からでは間に合いません。
まだ文章を打つだけの余裕はあります。

事の発端は先月の14日でした。
私の通っている高校の近くに自衛隊の駐屯地があります。

その脇の砂利道をまっすぐ進んでいくと回りには畑が広がった道に出て。
更に行くと砂利道を通しただけの薄暗い森に入ります。
この森は昼間でも薄暗く、非常に肌寒い場所で夏でもあまり暑くならないので。
うちの学校のマラソン授業のコースに使われています。

あの日も体育の授業で、マラソンコースを走っていたのですが正直なところ、私はこの授業が非常にかったるく、友人と(以後Uとします)二人で最後尾をだらだらと走っていました。
森も半ばに差し掛かった辺りで、Uが「ここらで休んでいくかw」と、私に向かってタバコをふかす動作をしてみせます。

二人して近くの木の下に座り込み一服を始めました。
が、そのとき向こうの方から体育の担当教師が走ってくるのが見えます。

途中で具合が悪くなった生徒や、私たちのようなサボり組がいないか教師もコースを走ってくるようになっているのでした。
ただ今日は何時もより現れるのが早かった。

「やっべあいつもう来たし!」

Uが言うとおり、私たち二人はこんなに早く教師が現れるとは思ってもいなかったので。
まだ手には火の付いたタバコが握られています。

とっさにタバコを隠してもニオイでばれるのは確実でした。
ばれたら停学モノです。
取り合えず教師はまだこちらに気が付いてはいないようなので、コースを外れて森の中に逃げ込むことにしました。

今から思えば、あんなことになると分かっていれば私達は森の中などには逃げず、喜んで停学の罰を受けたことでしょう。

が、そのときはその後起こることなど知る由もありませんでした。
しばらくコースを外れて走っていた私たちの目の前に、思いもよらぬものが現れました。
巨大な二階建てバス。塗装は錆びてほとんどはがれています。

広告のようなものがはられていた形跡もありますが、ほとんど朽ちてしまって読み取ることは出来ません。
私をゾッとさせたのは、この巨大な二階建てバスがこんな森の中に「ある」という事実でした。
周りはうっそうと木々に囲まれており、周りにも大型車が通れるような道は見当たりません。

昔この辺りに道路が通っていたという話も聞いたことはありません。
ただならぬ不安感を覚えた私はUにすぐ引き返すように言いましたが・・・。

「いや、まだニオイ取れてねェしやばくね?それより、この中見てみない?面白そうじゃん」

Uは止めるまもなく、バスにむかってズンズンと歩いてゆきます。

私も仕方なしにUの後を追ってバスに向かいました。

バスの扉は「ギ、ギ、ギ、ギ」と音を立ててゆっくりと開きました。
私達はUを先頭としてバスに乗り込みます。
入り口に入ってすぐのところに二回へ続く階段が伸びています。
まず私たちは一階から奥へ進んでいくことにしました。
ゆっくりと周りを見ながら進んでいきます。

車内は埃だらけで座席には古びた雑誌やビニール袋などが散乱していました。

そのとき、ふと車内の一番奥のほうに何か黒いものが落ちているのをみつけました。
なぜかは分かりません。それを見た瞬間、私は得体の知れない恐怖に教われました。
額から脂汗が噴出し、鳥肌が立って吐き気がします。

「おい、もうそろそろ戻らないか?時間もやばくなってきたしさ!」

耐えられなくなった私はUに催促しましたが、彼は聞こえていないかのようにズンズン奥に進んでいきます。

そして黒いものの場所へたどり着いたUは、それを拾いあげました。
私もUの元へ駆け寄ります。

「なんだこりゃ?バッグ?」

それは、黒くて薄汚れた真っ黒な手提げバッグでした。
Uがおそるおそるバッグのファスナーを外していきます。

私は止めたい衝動に駆られましたが、声を出す勇気もなくただそれを見ていました。
バッグの中には・・・何も入っていませんでした。
Uがつまらない、というように溜息をつきます。

「ったく、せめて札束くらい入れておけって・・・ヒッ!?」

冗談を言っていたUが変な声を出してバッグを取り落とします。
落ちたバッグには、無数の引っかき傷が付いていました。
よく見ると人の爪のようなものが数箇所突き刺さっています。

ガタン!
急に、バスの二階、自分たちの真上から大きな音が聞こえます。
私とUは顔を見合わせました。お互い真っ青でびっしょり汗をかいています。
Uはなにやら口をパクパクとしていますが声にならない音が漏れています。

カリ・・・カリ・・・ガリッ・・・ズ・・ズズズ・・・。
また二階から音が聞こえます。

何かが這うような音と、爪で何かを引掻くような音がします。
パクパクしていたUの口から言葉が発せられました。

「行けよ!入り口!走れって早く!」

私は弾かれたようにバスの入り口に向かって走り出します。

ガリガリガリガリガリガリ!!ザザカザザザザ!

それを合図にするかのように、二階の音が急に大きくなり恐ろしい勢いで1回へ通じる階段へ向かっていきます。
Uが私の後に続いているのが分かりましたが後ろを振り返る余裕はありませんでした。
音の者に、先にバスの出口に行かれたら終わりだという、得体の知れない恐怖だけがあったと思います。

走っている最中、埃が舞って最初は気が付かなかったものも良く見えた。
至る所に、引掻いたような傷がありました。
紙一重で私たち二人はバスの外へ飛び出します。

まだ後ろからは何かを引掻く音が聞こえます。
私たちはそのまま森を走り抜けて学校へ逃げ帰りました。
学校につくと、教師に酷く怒られましたが何を言われたのかは良く覚えていません。

本当の問題はその後でした。
次の日から、Uが真っ青な顔をして学校へくるようになります。
わけを尋ねても、自分の頭をガリガリと爪で引掻きうつろな目をしています。
そのような状態がしばらく続いていました。

私は心配になってUの家を訪ねましたが、彼の母親によるとUはあの日の晩でかけるといって家を出たきり、戻って無いとのことでした。
Uの母親も、今までも何度かそのようなことがあったのであまり気にしていないようでした。

そのうちUは学校にも来なくなります。
Uからメールが届きます「どこに行っても無理だった」「扉は閉めておけ」「目はいい」

音が扉の前に来ました。
Uは酷い有様でした。