その日の夜、私は久しぶりに母に添い寝してもらいました。
母に、「あらあら・・・もう1人で寝れるんじゃなかったの」と言われながらも、恐怖に打ち勝つことは出来ず、そのまま朝を迎えることとなりました。

もう雪は完全に溶けていました。
親に出来事を話しましたが、そんな訳あるか、と信じてもらえませんでした。
が、泣きながらの必死の訴えに折れたのか、現場を見てきてくれましたが、何も無かったとのことでした。
しかし子供は自分を一番信じる物で、やはり自分の見たことを疑うことはありませんでした。
ちょうど冬休みで、一週間後には実家へ帰省する、という頃の出来事でした。

その後、数日間はあの出来事を思い出し、外へ行くことが出来ませんでした。
が、元気に外で遊ぶ弟を見ていると、いつしか自分も外で走り回っているようになりました。
あのような出来事もなく、いつしかほとんど記憶の隅から忘れ去り、いつの間にか実家へ帰省する日がやってきました。
車で高速を通って、およそ5時間ほどかかります。
いつものように、自分のお気に入りの携帯ゲームや、本等を前日に用意し、実家へと帰ったのです。

お婆ちゃんや、おじいちゃんに会うことを楽しみにしていた私ですが、実家についた時、凍りつきました。
実家の家の構造は、まず塀に囲まれており、一箇所が門、もう二ヶ所がそれぞれ車庫と裏口に通じるようになっており。
門を潜ってすぐ右側に庭、まっすぐ進めば玄関、となっています。
私が凍りついたのは、門から入り、なんとなしに右側を見たからでした。

そこには、あの球体があったのです。
まだ空も明るい午後5時頃のことです。
色は、ここでも見たはずなのにやはり覚えていません。

触る勇気は、もはやありませんでした。
恐怖に打ちのめされそうになりながら、親にしがみつき、父親に球体を指差し、言葉にならない言葉を発しながら、泣き出しました。
ところが親には何も見えないようで、なぜ私が泣き出したのかわからず、困っていました。
が、何か大きな生き物でもいたんだろう、ということで納得されました。

ただその時、玄関から出て私達を迎えてくれたおじいちゃんだけは、真剣な顔つきで私を見つめていました。
小1時間ほど本を読んだりして暇を潰した後、夕食を食べることになりました。
夕食は子供が好きだから、ということでカレーライスでした。
勿論私も大好物なので、喜んで食べました。

ただ、やはりあの球体が気にかかり、心配でした。
もちろん恐怖も。
1人で早々に食べ終わらせ、2階の寝室に行き、静かにして落ち着くつもりでした。
2階へ行き、寝転がって本を読んでいると、静かに襖が開き、おじいちゃんが来ました。
おじいちゃんは静かに私の隣に座り、一言漏らしました。

「◯◯(私です)ちゃん・・・笈神様(おいがみさま)が見えるのかい・・・?」

笈神様。
私はすぐにあの球体のことだと解りました。

「お・・・いがみさま?」

「笈神様。庭に安置してある丸いボールがあったろう?あれのことだよ・・・」

私にもわかりやすいように、ボール等という言葉を使っていたのをよく覚えています。

「笈神様は、この土地に代々伝わる神様でな・・・」「何の神様なの?」「うーん・・・何もしない神様、かな。
一応神様ということになっておるから、悪口は言えんが・・・」そう言って、おじいちゃんは私に笈神様のことを話し始めました。
要約すると、こういうことです。
笈神様は、人々に利益を与えることは何もしない神。
だが、人間が悪い行いをすると、それに見合うだけの天罰を降らせる。
しかし人間が人間に対して悪いことをしてもなにも起こらない。

要するに人間ではなく、自然を守る神、ということになるのだろうか。
人間に対してではない悪い行いといえば、自然に対することしかない。
おじいちゃんも詳しいことは何も知らないそうだが、言い伝えによれば。
何百年も昔から、笈神様を見ることが出来るのは、数少ない人間のみで、笈神様もその数だけ存在するという。

見える者はそれを祭り、管理しなければならないことになっているという。
また、この話は、この地域の人間は誰もが知っており、天罰を避けて悪い行いは全くしないという。
こんな話だった。

子供心に、なんだそりゃ・・・理不尽な神様だなぁと思ったが口にしなかった。
しかし、その後とんでもないことを思いついてしまったのだ。

「そんな神様、私が倒してやる!」

私は倉庫から金槌を持ち出し、いまだに庭に見える神に近づいていった。
そして思い切って、真上から振り下ろしたのだ。
直撃する瞬間、「ドゴゥォォォォォォォォオオオオオオオオオオン」と物凄い音がし、それと同時に変な臭いが漂ってきた。
音に気付いたおじいちゃんが、凄い形相で走り寄ってきた。
私は呆然とその残骸を見つめていた。

そこには、真っ二つに割れたカプセルと、半分ミイラ化した、茶色い死体が入っていた。
その死体は他の人にも見ることは出来たらしく、警察も来るおおさわぎになった。
後で聞いた話によると、その死体は凡そ60年前の子供の死体だという。
だが、なぜこんなにも保存状態が良かったのかは解らなかったらしい。
おじいちゃんにこっぴどく叱られたが、おじいちゃんの話によれば、保存状態が良かったのはカプセルのせいかもしれない、ということだ。
あの時、俺が見たカプセルにも、何かが眠っているのだろうか・・・。