『びんづめさん』の話をしていきますね。

びんづめさんっていうのは当時子供だった俺が勝手に付けた名前。

「瓶詰さん」

婆ちゃんに貰ったお守りの薬瓶のコト。

綺麗な瑠璃色のアンティークで、革紐で首から提げられるようになってた。

「肌身離さず持ち歩いてね。何か危ないことがあれば瓶が音を立てるの、そうしたら絶対にその場を離れなさい」

そういって、怪我の多い子供だった俺にくれたモノだった。

びんづめさんが鳴るコトは度々あった。
例えば家の中で遊んでる時・・・コツ、コツ、と胸元で瓶が揺れたら、その部屋を出る。
するとしばらくして、本棚が倒れる音がしたりする。

例えば青信号の横断歩道。
コツコツコツコツ、と瓶が騒いだら、例え渡ってても引き返す。
すると不注意なトレーラーが、無造作に右折してきたりする。

そういうコトが続いて、いつしか瓶の内側をコツコツ叩く誰かを「びんづめさん」と呼ぶようになってた。

そんな律儀なびんづめさんが暴れたのは、ある日母に連れられて地下鉄に乗ろうとした時だった。

ホームに立った瞬間。
鳴る、というレベルになく、突然瓶が跳ね始めた。
首から提げているため、顎にガツガツ当たってかなり痛い。

半泣きで「びんづめさんがおかしい」と母に訴えて、駅を出たのを今も覚えてる。

それは忘れもしない、1995年3月20日の忌まわしい思い出。

地下鉄サリン事件の日です。