何年も前、家から近い私立の女子校に進学して中学一年生だった時、小学校が一緒だった子がいなかったのに加えて、入学してすぐに変な噂を流されてしまってクラスで孤立していました。
噂の内容は詳しくは教えてもらえなかったのですが、「猫を生きたまま食べてるのを見た」だとか、酷い嘘っぱちでした。
中学に入ったばかりの女の子といえど、これを本気で信じていたとは思えないので、やっぱりちょうどいい憂さ晴らしの対象にされていたのかなとも思います。
噂が流行りだしたのが四月の終わりで、それまで少し仲良くしてくれていた子とも話してもらえなくなり、寂しい思いをすること一ヶ月弱。
六月に入ってから、二つ隣のクラスの子から呼び出されて空き教室で話したのですが、彼女が「ほんとに猫を殺したのか」などと聞いてきました。
私が違うと言うと、妙な頼みごとをしてきます。
なんでも彼女(香川さん)の飼い猫がこのあたりで行方不明になっていたそうですが、つい最近死体になって見つかったのを私が殺したことにして欲しいと言うんです。
なんでそんなことを言われるのかわからないし、断ったのですが、香川さんは執拗にそれを頼んできて土下座までした上、なおも私が拒否すると顔をぶってきました。
理由を聞いても答えてくれません・・・。
私はその頃シカトされるストレスなどから体調不良で、ガリガリの上に背も低かったので全く抵抗もできませんでした。
香川さんはなんだか鬼気迫っていて、私は怖くて彼女の言う通りにすると言ってしまいました。
これから無実の罪を着せられてもっと虐められるんだろうかと思って私は泣き出したのですが、香川さんはとても嬉しそうにして私の手を握って、「じゃあ、私がミイを殺しました。香川さんでなく、ミイを殺したのは私ですって言って」と要求してきました。
変だなとは思ったのですが、言うまで帰してくれなさそうだったので、その通りに言いました。
私の手を放して、香川さんは何度もありがとう、ありがとうと言って私を玄関まで送ってくれました。
次の日から、私はそれでもまた学校に来ていたのですが、新しく噂が流れるようなことはなく、私はただシカトされていました。
そのまま一週間くらい経ちました。
ある日の休み時間、「誰かが呼んでる」と、クラスの子に話しかけられて、おやっと思いました。
わざわざ私にそんなことを教えてくれるなんて、この子は私の味方なのかな、と嬉しく思ったのですが、ふと見回してみるといつの間にかクラス中のほとんど全員が静かになって、私と戸口の方を見ていました。
戸口に目を向けるとそこには香川さんがいて、「ちょっと来て」と言うのですが、その姿が異常だったのです。
香川さんは両腕を包帯でグルグル巻きにして、両頬に大きな湿布を貼っていました。
そして、学校の中だと言うのに、帽子をかぶっていたんです。
先生に何か言われないのか不思議なくらいの格好でした。
香川さんは泣きそうな顔で、放課後に学校の近くのある場所に来てほしいと言って、帰っていきました。
私は彼女がいなくなってから、その日塾だったことに気づいたので、彼女のクラスを訪ねました。
先生に香川さんはここ三日ほど登校していないと言われてぞっとしました。
私に会うために学校まで来たのかと思うと、彼女に呼び出されたのが急に怖くなって、「塾もあるからしかたない、しかたない」と自分に言い聞かせて、約束をすっぽかしました。
なんとなく不安なまま過ごした私は、塾からの帰り道、へとへとで家まで帰る途中誰かが道にうずくまっているのに気づきました。
夜十時近くだったと思うのですが、それは香川さんでした。
私がびっくりして声をかけると、「よかった。来てくれてよかった」と泣いて喜びます。
私はそこで気づいたのですが、そこはちょうど香川さんに指定されていた場所で、もしかしなくともずっと待っていたのかと思って可哀想になってしまいました。
香川さんはまだ包帯や湿布、それに帽子を身につけていて、とりあえず公園まで二人で歩いて座ると、泣きながら喋りだしました。
彼女は小さなことでついむしゃくしゃして飼い猫を殺してしまったのだと告白しました。
私が殺したことにして欲しいと頼んできた例の猫は、彼女自身が絞め殺していたのです。
彼女が言うにはそれから立て続けに怖い体験をするようになったので、それを猫の霊のしわざだと考えて、それらしいような噂がたっていた私に霊を押しつけようとしたのだそうです。
ひどいことをしたのは謝るから一緒にお祓いに来てほしいと言われました。
自分だけが受けるべき呪いが私にも降りかかっていたら申し訳ないからと・・・。
私は気になって、「怖い体験って?」と聞いてしまいました。
香川さんは怯えたように私にくっついてきました。
「ミイの首が、足にぶつかるの。歩いてて、なにか蹴ったなと思って下を見ると、それがミイの頭なの。見ないようにしてどんどん歩いても何度も何度も蹴る。踏んだりして、だんだんその形が変わっていくのがわかる」
「寝てるとき、暖かいものが布団に入ってくるの。ああミイだな、と思って抱き締めるんだけど、あれ、ミイって私が殺したのにって気づくでしょ。そうするといきなりそれが冷たくなって、べちょべちょした感触になる。驚いて飛び起きたら、もういないの」
彼女の話はだいたいこんな感じでした。
聞いているだけで寒気がしたのを覚えています。
それで、「私はそんなこと一切なかったよ。香川さんはまだそんな風なの?」とまた聞くと、彼女は、「腕に毛が生えてきた」と言います。
「猫の毛なの。だんだん増えてくる。それで、ひげも生えてきた。昨日からは、耳も生えてきたの!見てよ、この耳!見てよ!」
香川さんが興奮して帽子を外したので、私は半信半疑で立ち上がって、彼女の頭を見てみました。
が、猫の耳なんてもちろんどこにもありません。
無いよとと告げると彼女は怒ったように、あるはずだ、あるはずだと怒鳴るので、私は気味悪くなりました。
「それじゃあ、ひげも見せてみてよ」と湿布を剥がそうとすると、香川さんは打って変わって弱気になって、「お願いそれはやめて」とめそめそしながら拒みました。
私はそこですっかり、香川さんはおかしくなってしまったんだという結論にいたって、夜も遅いからもう帰ろうと言いました。
香川さんがお祓いの件は約束して欲しいというので、「いいよ一緒に行こうね」と慰めてあげました。
すると突然香川さんが頬に唇をつけてきて、目元を舐められました。
正直気持ち悪かったのですが、もう私も疲れきっていたので、軽く振り払って二人で歩き出しました。
香川さんはまた帽子を目深にかぶっていました。
しばらく歩いていると、香川さんがいきなり立ち止まりました。
数メートル先に行って、ついてこないので振り向いて名前を呼んでも、じっと俯いています。
それから、もじもじと足を動かすような動作をしました。
「しつこい!」
突然香川さんが怒鳴りました。
下を向いたまま・・・。
私はなにか悪いことを言ったかと思い、彼女に謝ろうとしました。
「ミイ!しつこい!」
ミイというのは香川さんの飼い猫の名前だったのですが、香川さんはしきりにミイしつこい、とばかり叫んで、足を小さく動かしています。
それが何かをつつくような仕草だと気づいて、「もしかして香川さんには今、あそこにミイの頭が見えているんだろうか」と思いいたりました。
むろん、地面にはなにも落ちていません。
「香川さん、そこにはなにもないよ」
そう言っても香川さんは興奮したままで、ついに、「しつこい、しつこい、しつこい!!!」と、大きく足を振って、その「何か」を蹴るような動作をしました。
ガン!
何かが私の足に勢いよくぶつかりました。
気のせいなどでは済まされない感触で、何か小ぶりの、ボールのような物がぶつかって跳ね返っていったのがわかりました。
香川さんは顔をあげていて、私の足から、私にぶつかって跳ね返ったものが転がっていっただろうあたりを、目で追っていました。
しかしやっぱりそこには、なにも見えません・・・。
何が起こったのかわからないでいるうちに、香川さんはハッとして私を見て、「ごめんね!」と真っ青な顔で謝ってきました。
私は恐怖にかられて、彼女を置いて家まで逃げ帰りました。
家では遅くなった私を家族が心配して待っていました。
母親に顔色が悪いと言われてすぐ風呂に入らされ、一人で湯につかったあと、洗い場で脹脛の裏を見ると、大きな青あざができていました。
怖くてすぐ布団に入って、熱を出して家族に看病されました。
熱はすぐに引いたのですが、具合が悪いと言って次の日は学校を休みました。
休日を挟んで月曜日、学校に行くとクラスの子が二三人、いきなり謝ってきました。
面食らっていると、なんでも私が初めて学校を休んだので、無視やいじめの度が過ぎたのだと思いこんだようです。
その子たちを見て、結局クラスのほとんど全員が、私に謝罪してきました。
香川さんは来ていませんでした・・・。
それからも二週間ほど香川さんの姿を見ることはなく、学校にも登校しないまま、いつの間にか籍もなくなったようでした。
お祓いどうこうの話も、そのままなくなりました。
ただ、足にできた青あざはその後まるまる二年間も残り、それを見るたびに私はミイの話を思い出して気持ちが悪くなりました。
猫に関する恐怖体験は幸いにも特になかったこと、中学を卒業する頃にはあざもすっかりきれいに消えたことが救いです。
香川さんのおかげと言っては何ですが、それからは私も学校で友達も作れるようになりました。
彼女にこれ以上関わりたいとは思わなかったので、情報は極力集めないようにしていたせいで、香川さんがその後どうなったかは知りません。
噂の内容は詳しくは教えてもらえなかったのですが、「猫を生きたまま食べてるのを見た」だとか、酷い嘘っぱちでした。
中学に入ったばかりの女の子といえど、これを本気で信じていたとは思えないので、やっぱりちょうどいい憂さ晴らしの対象にされていたのかなとも思います。
噂が流行りだしたのが四月の終わりで、それまで少し仲良くしてくれていた子とも話してもらえなくなり、寂しい思いをすること一ヶ月弱。
六月に入ってから、二つ隣のクラスの子から呼び出されて空き教室で話したのですが、彼女が「ほんとに猫を殺したのか」などと聞いてきました。
私が違うと言うと、妙な頼みごとをしてきます。
なんでも彼女(香川さん)の飼い猫がこのあたりで行方不明になっていたそうですが、つい最近死体になって見つかったのを私が殺したことにして欲しいと言うんです。
なんでそんなことを言われるのかわからないし、断ったのですが、香川さんは執拗にそれを頼んできて土下座までした上、なおも私が拒否すると顔をぶってきました。
理由を聞いても答えてくれません・・・。
私はその頃シカトされるストレスなどから体調不良で、ガリガリの上に背も低かったので全く抵抗もできませんでした。
香川さんはなんだか鬼気迫っていて、私は怖くて彼女の言う通りにすると言ってしまいました。
これから無実の罪を着せられてもっと虐められるんだろうかと思って私は泣き出したのですが、香川さんはとても嬉しそうにして私の手を握って、「じゃあ、私がミイを殺しました。香川さんでなく、ミイを殺したのは私ですって言って」と要求してきました。
変だなとは思ったのですが、言うまで帰してくれなさそうだったので、その通りに言いました。
私の手を放して、香川さんは何度もありがとう、ありがとうと言って私を玄関まで送ってくれました。
次の日から、私はそれでもまた学校に来ていたのですが、新しく噂が流れるようなことはなく、私はただシカトされていました。
そのまま一週間くらい経ちました。
ある日の休み時間、「誰かが呼んでる」と、クラスの子に話しかけられて、おやっと思いました。
わざわざ私にそんなことを教えてくれるなんて、この子は私の味方なのかな、と嬉しく思ったのですが、ふと見回してみるといつの間にかクラス中のほとんど全員が静かになって、私と戸口の方を見ていました。
戸口に目を向けるとそこには香川さんがいて、「ちょっと来て」と言うのですが、その姿が異常だったのです。
香川さんは両腕を包帯でグルグル巻きにして、両頬に大きな湿布を貼っていました。
そして、学校の中だと言うのに、帽子をかぶっていたんです。
先生に何か言われないのか不思議なくらいの格好でした。
香川さんは泣きそうな顔で、放課後に学校の近くのある場所に来てほしいと言って、帰っていきました。
私は彼女がいなくなってから、その日塾だったことに気づいたので、彼女のクラスを訪ねました。
先生に香川さんはここ三日ほど登校していないと言われてぞっとしました。
私に会うために学校まで来たのかと思うと、彼女に呼び出されたのが急に怖くなって、「塾もあるからしかたない、しかたない」と自分に言い聞かせて、約束をすっぽかしました。
なんとなく不安なまま過ごした私は、塾からの帰り道、へとへとで家まで帰る途中誰かが道にうずくまっているのに気づきました。
夜十時近くだったと思うのですが、それは香川さんでした。
私がびっくりして声をかけると、「よかった。来てくれてよかった」と泣いて喜びます。
私はそこで気づいたのですが、そこはちょうど香川さんに指定されていた場所で、もしかしなくともずっと待っていたのかと思って可哀想になってしまいました。
香川さんはまだ包帯や湿布、それに帽子を身につけていて、とりあえず公園まで二人で歩いて座ると、泣きながら喋りだしました。
彼女は小さなことでついむしゃくしゃして飼い猫を殺してしまったのだと告白しました。
私が殺したことにして欲しいと頼んできた例の猫は、彼女自身が絞め殺していたのです。
彼女が言うにはそれから立て続けに怖い体験をするようになったので、それを猫の霊のしわざだと考えて、それらしいような噂がたっていた私に霊を押しつけようとしたのだそうです。
ひどいことをしたのは謝るから一緒にお祓いに来てほしいと言われました。
自分だけが受けるべき呪いが私にも降りかかっていたら申し訳ないからと・・・。
私は気になって、「怖い体験って?」と聞いてしまいました。
香川さんは怯えたように私にくっついてきました。
「ミイの首が、足にぶつかるの。歩いてて、なにか蹴ったなと思って下を見ると、それがミイの頭なの。見ないようにしてどんどん歩いても何度も何度も蹴る。踏んだりして、だんだんその形が変わっていくのがわかる」
「寝てるとき、暖かいものが布団に入ってくるの。ああミイだな、と思って抱き締めるんだけど、あれ、ミイって私が殺したのにって気づくでしょ。そうするといきなりそれが冷たくなって、べちょべちょした感触になる。驚いて飛び起きたら、もういないの」
彼女の話はだいたいこんな感じでした。
聞いているだけで寒気がしたのを覚えています。
それで、「私はそんなこと一切なかったよ。香川さんはまだそんな風なの?」とまた聞くと、彼女は、「腕に毛が生えてきた」と言います。
「猫の毛なの。だんだん増えてくる。それで、ひげも生えてきた。昨日からは、耳も生えてきたの!見てよ、この耳!見てよ!」
香川さんが興奮して帽子を外したので、私は半信半疑で立ち上がって、彼女の頭を見てみました。
が、猫の耳なんてもちろんどこにもありません。
無いよとと告げると彼女は怒ったように、あるはずだ、あるはずだと怒鳴るので、私は気味悪くなりました。
「それじゃあ、ひげも見せてみてよ」と湿布を剥がそうとすると、香川さんは打って変わって弱気になって、「お願いそれはやめて」とめそめそしながら拒みました。
私はそこですっかり、香川さんはおかしくなってしまったんだという結論にいたって、夜も遅いからもう帰ろうと言いました。
香川さんがお祓いの件は約束して欲しいというので、「いいよ一緒に行こうね」と慰めてあげました。
すると突然香川さんが頬に唇をつけてきて、目元を舐められました。
正直気持ち悪かったのですが、もう私も疲れきっていたので、軽く振り払って二人で歩き出しました。
香川さんはまた帽子を目深にかぶっていました。
しばらく歩いていると、香川さんがいきなり立ち止まりました。
数メートル先に行って、ついてこないので振り向いて名前を呼んでも、じっと俯いています。
それから、もじもじと足を動かすような動作をしました。
「しつこい!」
突然香川さんが怒鳴りました。
下を向いたまま・・・。
私はなにか悪いことを言ったかと思い、彼女に謝ろうとしました。
「ミイ!しつこい!」
ミイというのは香川さんの飼い猫の名前だったのですが、香川さんはしきりにミイしつこい、とばかり叫んで、足を小さく動かしています。
それが何かをつつくような仕草だと気づいて、「もしかして香川さんには今、あそこにミイの頭が見えているんだろうか」と思いいたりました。
むろん、地面にはなにも落ちていません。
「香川さん、そこにはなにもないよ」
そう言っても香川さんは興奮したままで、ついに、「しつこい、しつこい、しつこい!!!」と、大きく足を振って、その「何か」を蹴るような動作をしました。
ガン!
何かが私の足に勢いよくぶつかりました。
気のせいなどでは済まされない感触で、何か小ぶりの、ボールのような物がぶつかって跳ね返っていったのがわかりました。
香川さんは顔をあげていて、私の足から、私にぶつかって跳ね返ったものが転がっていっただろうあたりを、目で追っていました。
しかしやっぱりそこには、なにも見えません・・・。
何が起こったのかわからないでいるうちに、香川さんはハッとして私を見て、「ごめんね!」と真っ青な顔で謝ってきました。
私は恐怖にかられて、彼女を置いて家まで逃げ帰りました。
家では遅くなった私を家族が心配して待っていました。
母親に顔色が悪いと言われてすぐ風呂に入らされ、一人で湯につかったあと、洗い場で脹脛の裏を見ると、大きな青あざができていました。
怖くてすぐ布団に入って、熱を出して家族に看病されました。
熱はすぐに引いたのですが、具合が悪いと言って次の日は学校を休みました。
休日を挟んで月曜日、学校に行くとクラスの子が二三人、いきなり謝ってきました。
面食らっていると、なんでも私が初めて学校を休んだので、無視やいじめの度が過ぎたのだと思いこんだようです。
その子たちを見て、結局クラスのほとんど全員が、私に謝罪してきました。
香川さんは来ていませんでした・・・。
それからも二週間ほど香川さんの姿を見ることはなく、学校にも登校しないまま、いつの間にか籍もなくなったようでした。
お祓いどうこうの話も、そのままなくなりました。
ただ、足にできた青あざはその後まるまる二年間も残り、それを見るたびに私はミイの話を思い出して気持ちが悪くなりました。
猫に関する恐怖体験は幸いにも特になかったこと、中学を卒業する頃にはあざもすっかりきれいに消えたことが救いです。
香川さんのおかげと言っては何ですが、それからは私も学校で友達も作れるようになりました。
彼女にこれ以上関わりたいとは思わなかったので、情報は極力集めないようにしていたせいで、香川さんがその後どうなったかは知りません。
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