そのまま俺達は車に乗せられ、すでに深夜三時を回っていたにも関わらず、行事の時などに使われる集会所に連れていかれた。

中に入ると、うちは母親と姉貴が、Aは親父、Bはお母さんが来ていた。
Bのお母さんはともかく、最近ろくに会話すらしていなかった、うちの母親まで泣いていた。
Aもこの時の親父の表情は、普段見たことのないものだったらしい。

B母「みんな無事だったんだね・・・!よかった・・・!」

Bのお母さんとは違い、俺は母親に殴られ、Aも親父に殴られた。
だが、今まで聞いたことない暖かい言葉をかけられた。

しばらくそれぞれが家族と接したところで、Bのお母さんが話した。

B母「ごめんなさい。今回のことはうちの主人、ひいては私の責任です。本当に申し訳ありませんでした・・・!本当に・・・」

Bのお母さんは、皆に何度も頭を下げた。
よその家とはいえ、子供の前で親がそんな姿をさらしているのは、やはり嫌な気分だった。

A父「もういいだろう奥さん。こうしてみんな無事だったんだから」

俺母「そうよ。あなたのせいじゃない」

この後ほとんど親同士で話が進められ、俺達はぽかんとしてた。

時間も時間だったので、無事を確認しあって終わりという感じだった。
この時は何の説明もないまま解散した。

一夜明けた次の日の昼頃、俺は姉貴に叩き起こされた。
目を覚ますと、昨夜の続きかというくらい姉貴の表情が強ばっていた。

俺「なんだよ?」

姉貴「Bのお母さんから電話。やばいことになってるよ」

受話器を受け取り電話に出ると、凄い剣幕で叫んできた。

B母「Bが・・・Bがおかしいのよ!昨夜あそこで何したの!?柵の先へ行っただけじゃなかったの!?」

とても会話になるような雰囲気じゃなく、いったん電話を切って俺はBの家へ向かった。
同じ電話を受けたらしく、Aも来ていて、二人でBのお母さんに話を聞いた。

話によると、Bは昨夜家に帰ってから急に両手両足が痛いと叫びだしたそうだ。
痛くて動かせないということなのか、両手両足をぴんと伸ばした状態で倒れ、その体勢で痛い痛いとのたうちまわったらしい。

お母さんが何とか対応しようとするも、「いてぇよぉ」と叫ぶばかりで意味がわからない。
どうにか部屋までは運べたが、ずっとそれが続いてるので、俺達はどうなのかと思い電話してきたということだった。

話を聞いてすぐBの部屋へ向かうと、階段からでも叫んでいるのが聞こえた。

「いてぇ!いてぇよぉ!」と繰り返している。

部屋に入ると、やはり手足はぴんと伸びたまま、のたうちまわっていた。

俺「おい!どうした!」

A「しっかりしろ!どうしたんだよ!」

俺達が呼び掛けても「いてぇよぉ」と叫ぶだけで目線すら合わせない。

どうなってんだ・・・俺とAは何がなんだかさっぱりわからなかった。
一度お母さんのとこに戻ると、さっきとはうってかわって静かな口調で聞かれた。

B母「あそこで何をしたのか話してちょうだい。それで全部わかるの。昨夜あそこで何をしたの?」

何を聞きたがっているのかは、もちろんわかっていたが、答えるためにあれをまた思い出さなかればならないことが苦痛となり、うまく伝えられなかった。

それよりも、“あれ”を見たっというのが大部分を占めてしまってたせいで、何をしたのかという部分がすっかり抜けてしまっていた。

「何を見たか」ではなく「何をしたか」と尋ねるBのお母さんは、それを指摘しているようだった。

Bのお母さんに言われ、俺達は何とか昨夜のことを思い出し、原因を探った。

何を見たか?なら、俺達も今のBと同じ目に遭ってるはず。
だが何をしたか?でも、あれに対してほとんど同じ行動だったはずだ。
箱だって俺達も触ったし、ペットボトルみたいなのも一応俺達も触わってる。

後は・・・楊枝・・・。
二人とも気が付いた。

楊枝だ!
あれにはBしか触ってないし、形も崩してしまっている。
しかも元に戻してない。
俺達はそれをBのお母さんに伝えた。

すると、みるみる表情が変わり震えだした。
そしてすぐさま棚の引き出しから何かの紙を取出し、それを見ながらどこかに電話をかけた。
俺とAは、その様子を見守るしかなかった。

しばらくどこかと電話で話した後、戻ってきたBのお母さんは震える声で俺達に言った。

B母「あちらに伺う形ならすぐにお会いしてくださるそうだから、今すぐ帰って用意しておいてちょうだい。あなた達のご両親には私から話しておくわ。何も言わなくても準備してくれると思うから。明後日またうちに来てちょうだい」

意味不明だった。
誰に会いに?
どこへ行くって?

説明を求めてもはぐらかされ、すぐに帰らされた。
一応二人とも真っすぐ家に帰ってみると、何を聞かれるでもなく「必ず行ってきなさい」とだけ言われた。

意味がまったく分からないまま、二日後に俺とAは、Bのお母さんと三人で、ある場所へ向かった。
Bは前日にすでに連れていかれたらしい。

ちょっと遠いのかな・・・くらいだと思っていたが、町どころか県さえ違う場所だった。

新幹線で数時間かけて、さらに駅から車で数時間。
絵に書いたような深い山奥の村まで連れていかれた。

その村の、またさらに外れの方、ある屋敷に俺達は案内された。
大きく、古いお屋敷で、離れや蔵もある、物凄い立派なものだった。
Bのお母さんが呼び鈴を鳴らすと、“おじさん”と女の子が俺達を出迎えた。

おじさんの方は、まさに“その筋”の人のようなガラの悪い感じで、スーツ姿だった。
女の子の方は、俺達より少し年上くらいで、白装束に赤い袴、いわゆる巫女さんの姿をしていた。

おじさんは、どうやら巫女さんの伯父らしく、普通によくある名字を名乗ったのだが、巫女さんは「あおいかんじょ」という、よくわからない名を名乗った。(俺にはこう聞こえた)

名乗ると言っても、一般的な認識とは全く違うものらしい。
よく分からないのだが、ようするに彼女の家の素性は一切知ることが出来ないってことのようだった。

実際、俺達はその家や彼女達について何も知らされていない。
だだっ広い座敷に案内され、訳も分からないまま、物々しい雰囲気で話が始まった。

伯父「息子さんは今安静にさせてますわ。この子らが一緒にいた子ですか?」

B母「はい。この三人であの場所へ行ったようなんです」

伯父「そうですか。君ら、わしらに話してもらえるか?どこに行った、何をした、何を見た、出来るだけ詳しくな」

突然話を振られて戸惑ったが、俺とAは何とか詳しくその夜の出来事をおじさん達に話した。

ところが、楊枝のくだりで「コラ、今何つった?」といきなりドスの効いた声で言われ、俺達はますます状況が飲み込めず混乱してしまった。

A「は、はい?」

伯父「おめぇら、まさかあれを動かしたんじゃねえだろうな!?」

身を乗り出し今にも掴み掛かってきそうな勢いで怒鳴られた。
すると葵(巫女さん)がそれを制止し、蚊の泣くようなか細い声で話しだした。

葵「箱の中央・・・小さな棒のようなものが、ある形を表すように置かれていたはずです。それに触れましたか?触れたことによって、少しでも形を変えてしまいましたか?」

俺「はぁあの、動かしてしまいました。形もずれちゃってたと思います」

葵「形を変えてしまったのはどなたか、覚えてらっしゃいますか?触ったかどうかではありません。形を変えたかどうかです」

俺とAは顔を見合わせ、Bだと告げた。

すると、おじさんは身を引いてため息をつき、Bのお母さんに言った。

伯父「お母さん、残念ですがね、息子さんはもうどうにもならんでしょう。わしは詳しく聞いてなかったが、あの症状なら他の原因も考えられる。まさかあれを動かしてたとは思わなかったんでね」

B母「そんな・・・」

それ以上の言葉もあったのだろうが、Bのお母さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いてた。

口には出せなかったが、俺達も同じ気持ちだった。

「Bはもうどうにもならん」てどういう意味なんだ。
一体何の話をしているのか。
そう問いたくても、声に出来なかった。

俺達三人の様子を見て、おじさんはため息混じりに話しだした。

ここでようやく、俺達が見たものに関する話がされた。

古くは「姦姦蛇螺」「姦姦唾螺」

俗称は「生離蛇螺」「生離唾螺」

「かんかんだら」「かんかんじゃら」「なりだら」「なりじゃら」など、知っている人の年代や家柄によって呼び方はいろいろあるらしい。

現在では、一番多い呼び方は単に「だら」、おじさん達みたいな特殊な家柄では「かんかんだら」の呼び方が使われているようだ。
もはや神話や伝説に近い話。

人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいたある巫女の家に退治を依頼した。
依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。

村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。
しかし、わずかな隙をつかれ、大蛇に下半身を食われてしまった。
それでも巫女は村人達を守ろうと様々な術を使い、必死で立ち向かった。

ところが、下半身を失っては勝ち目がないと決め込んだ村人達はあろうことか、巫女を生け贄にする代わりに村の安全を保障してほしいと大蛇に持ちかけた。

強い力を持つ巫女を疎ましく思っていた大蛇はそれを承諾、食べやすいようにと村人達に腕を切り落とさせ、達磨状態の巫女を食らった。
そうして、村人達は一時の平穏を得た。

後になって、巫女の家の者が思案した計画だったことが明かされる。
この時の巫女の家族は六人。
異変はすぐに起きた。

大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うモノがいなくなったはずの村で次々と人が死んでいった。

村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
十八人が死亡。(巫女の家族六人を含む)

生き残ったのは四人だった。

おじさんと葵が交互に説明した。

伯父「これがいつからどこで伝わってたのかはわからんが、あの箱は一定の周期で場所を移して供養されてきた。その時々によって、管理者は違う。箱に家紋みたいのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。うちみたいな家柄のもんでそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。まれに自ら志願してくるバカもいるがな」

さらにこう続けた。

伯父「管理者以外にゃ“かんかんだら”に関する話は一切知らされない。付近の住民には、いわくがあるってことと万が一の時の相談先だけが管理者から伝えられる。伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんが立ち合うから、それだけでいわくの意味を理解するわけだ。今の相談役はうちじゃねえが、至急ってことで昨日うちに連絡がまわってきた」

どうやら、一昨日Bのお母さんが電話していたのは別の人らしいことが分かった。
話を聞いた先方は、Bを連れてこの家を尋ね、話し合った結果こちらに任せたらしい。
Bのお母さんは俺達があそこに行っていた間に、すでにそこに電話していて、ある程度詳細を聞かされていたようだ。

葵「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は生き残られた四人を表しています。そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです」

葵「なぜこのような形式がとられるようになったか。箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったか。私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう」

葵「ただ、最も語られてる説としては、生き残った四人が巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、その結果生まれた独自の形式ではないか・・・ということらしい。柵に関しては鈴だけが形式に従ったもので、綱とかはこの時の管理者によるものだったらしい」


伯父「うちの者で“かんかんだら”を祓ったのは過去に何人かいるがな、その全員が二、三年以内に死んでんだ。ある日突然な。事を起こした当事者もほとんど助かってない。それだけ難しいんだよ」

ここまで話を聞いても、俺達三人は完全に話に着いていけず、置いてかれたままでいた。
だが、事態は一変した。

伯父「お母さん、どれだけやばいものかはなんとなくわかったでしょう。さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。しかし、今回はだめでしょうな」

B母「お願いします。なんとかしてやれないでしょうか。私の責任なんです。どうかお願いします」

Bのお母さんは引かなかった。
一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。
でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。

伯父「なんとかしてやりたいのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら・・・。お前らも見たんだろう。お前らが見たのが大蛇に食われたっつう巫女だ。下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」

「・・・えっ?」

俺とAは言葉の意味がわからなかった。
下半身?俺達が見たのは上半身だけのはずだ。

A「あの、下半身っていうのは・・・?上半身なら見ましたけど・・・」

それを聞いておじさんと葵が驚いた。

伯父「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ」

葵「あなた方の前に現われた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」

俺「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした」

俺とAは互いに確認しながらそう答えた。
すると急におじさんがまた身を乗り出し、俺達に詰め寄ってきた。

伯父「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」

俺「は、はい・・・」

おじさんは再びBのお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。

伯父「お母さん、なんとかなるかもしれん」

おじさんの言葉にBのお母さんも俺達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。

葵「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまうこと。見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です」

伯父「実際には棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまうことになるからな。だが、どういうわけかお前らはそれを見てない。動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだから、お前らが見てないならあの子も見てないだろう」

俺「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?俺達が見たのは・・・」

葵「巫女本人であることには変わりありません。ですが、“かんかんだら”ではないのです。あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜のことは、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう」

巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある・・・ということらしい。

伯父「かんかんだらが出てきてないなら、今あの子を襲ってるのは葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。わしらに任せてもらえれば、長期間にはなるがなんとかしてやれるだろう」

緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。
Bが助かるとわかっただけでも充分だった。
この時のBのお母さんの表情は本当に凄かった。
この何日かでどれだけBを心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。

それを見ておじさんと葵も雰囲気が和らぎ、急に普通の人みたいになった。

伯父「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明させてもらいます。お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今後は怖いもの知らずもほどほどにしとけよ」

この後Bに関して少し話したのち、お母さんは残り、俺達はお祓いしてもらってから帰った。

この家の決まりで、Bには会わせてもらえず、どんなことをしたのかもわからなかった。
転校扱いになったのか、在籍していたのか分からないまま、二度とBを見ることはなかった。
ただ、すっかり更正して今はちゃんとどこかで生活してる、という話だけを聞かされた。

結局、Bの親父は一連の騒動に一度も顔を出さなかった。

俺とAも、その後すぐに落ち着くことができた。
理由はいろいろあったが、一番大きかったのは、やはりBのお母さんの姿だった。
母親というものがどんなものなのか、いろいろと考えさせられた。
その一件以来、うちもAの家も、親の方から少しずつ接してくれるようになった。

他に分かったこととしては、特定の日に集まっていた巫女さんは相談役になった家の人。
“かんかんだら”とは、危険だと重々認識されていながら、ある種の神に似た存在にされてるということ。
それはもともと、大蛇が山や森の神だったことによるものだということ。
それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするようだ。

そして、俺達が森に入ってから音が聞こえたのは、“かんかんだら”が柵の中で放し飼いのような状態になっているかららしい。
六角形と箱の“爪楊枝”が封印の役割となって、棒の形や六角形を崩したりしない限り、姿を見せることはほとんどないそうだ。

供養場所は何らかの法則によって、山や森の中の限定された一部分が指定されるらしく、入念に細かい数字まで出して範囲を決めるらしい。
基本的にその区域からは出られないらしいが、柵などで囲んでる場合は、俺達が見たように、外側に張りついてくることもあるようだ。

俺達の住んでいるところからは、既に移されている。
たぶん今は別の場所にいるんだろうな。