昔、大阪のとある所に河内屋惣兵衛という町人の家があった。
惣兵衛には一人娘がいて、夫婦はこれを溺愛していた。

また家では長年一匹のブチ猫を飼っていた。
娘も猫を大変可愛がっていたが、ある時から猫が娘につきまとうようになった。
片時も離れないその様子に、町では「あそこの娘は猫を婿にしたそうだ」などと陰口を叩かれたりしていた。
終いには「あの娘は猫に魅入られているんだ」という噂も出て、縁談を断られるまでになった。

それを危惧した惣兵衛は「このままでは娘が嫁にいけなくなる」と猫を遠方へと捨ててきたが、いつの間にか戻り娘のそばにいる。
惣兵衛はどうしたものかと悩んた。

ある時「ブチは捨てても戻ってきてしまう。可哀想だが娘のためだ。殺すしかないか・・・」と夫婦でそんなことを話していた。

すると明くる日、話を聞いていたのか猫の姿が消えていた。

「ブチも分かってくれたか」と喜んだのもつかの間、その夜、夢にブチが現れた。

惣兵衛「おおブチか、話を聞いて姿を隠したのか?」

猫「まあそういうことだ。私のせいで良くない噂が立っているのは知っていた。しかし今殺されるわけにはいかなかったのでね」

惣兵衛「ブチや、それはどういうわけだい?」

猫「実は今、この屋敷には年を経た化け鼠がいる。あれはこの家にとって良くないものだ。そいつがお嬢を見初めた。私がお嬢の傍にいたのも奴を寄せつけないためだ」

惣兵衛「そうだったのか。私はてっきりお前が悪いのかと・・・」

猫「この家に飼われて幾年月、その恩を仇で返すつもりはない」

惣兵衛「そうか、お前を信じるよ。そうとなれば鼠取りは猫の本領、さっさと追い出して前みたいな暮らしに戻ろうじゃないか」

猫「そうしたいのだが、あれはそんな生易しいものではない。私だけでは十中八九返り討ちにされるだろう」

惣兵衛「そんな・・・」

猫「策はある。市兵衛のところのトラ猫と組んで奴を討つ。トラとならなんとかなるだろう。私は今動きがとれない。市兵衛と話をつけてきてくれ」

惣兵衛「わ、わかった。それで・・・大丈夫なのかい?」

猫「たぶんな」

そう言うとブチは消えた。
朝、妻に昨夜の話をすると「そうでしたか、私も同じ夢を見ました」と言う。

早速、市兵衛のところへ出向くと軒先に立派なトラ猫がいる。
市兵衛に事の次第を話すと快くトラ猫を貸してくれた。

家に帰ると、玄関にブチがいた。
二匹は真剣な表情で何やら相談をし始めた。
しばらくするとどこかへ行ってしまった。

その夜、またブチが夢に出てきた。

猫「明日、かたをつける。日が暮れたら二階へあげてくれ」

惣兵衛「わしらに出来ることはないのか?」

猫「残念だが人の出る幕じゃない。なあに、猫が鼠如きに遅れをとる謂れはないさ」

そう言って消えた。

次の日、惣兵衛は二匹にご馳走を振るまい、夕暮れに二階へ上げた。
惣兵衛は何が起こるのかと気を揉んでいたが、しばらくはあたりを静寂が包んでいた。

不意に、ミシリと、何か大きな獣が床を踏みしめるような音がすると、ブチの声だろうか、すさまじい雄叫びが屋敷に響いた。

一刻ほど経った頃か。
どすんと大きな音が聞こえると、今までの騒音が嘘のように静かになった。

惣兵衛が蝋燭をもって恐る恐る階段を上がると、そこには猫よりも一回りも二回りもでかい化け鼠が倒れていた。
傍には傷だらけのトラが、激しい息遣いで鼠を見ていた。
ブチは鼠の喉元に齧りついてるようであった。

化け鼠の巨体が崩れて消えると、「ブチ!!!」と惣兵衛が走り寄りブチを抱き上げた。
しかし、ブチはすでに絶命していた・・・。
体中に傷を負い、頭半分を鼠に噛み砕かれていたのだ。

惣兵衛「普通に飼っていただけだった。それなのにお前は・・・」

惣兵衛はブチの忠心に深く感じ入り、庭に墓を建て、家族で手厚く葬った。