今、つきあってる霊感の強い女性から今日、初めて聞いた話。

舞台は今から18年前。
Y県の山中にある、Nダムというダム湖のそばで起こった話です。

彼女はある家電量販店で働いていて、その日、Y県T市内のとある町に注文を受けたテレビを一人で配達に行ったんだそうだ。
たまたまその町には彼女の叔母が住んでいて、叔母さんの方にも私用があったから、配達の前に叔母さんの家に寄り、ついでにテレビの配達先の家を知らないか?と叔母さんに尋ねたんだそうだ。
そしたらお客さんの家は叔母さんの家から目と鼻の先で、テレビの配達も無事にすませて帰路についたらしい。

帰る前、叔母さんに隣接するK市内に寄って帰りたいから、ここから近道はないのか?と再度、尋ねたら、Nダムのそばを通る裏道を教えてもらったそうで、彼女はその道を通って車を走らせていた。

その日は昼間から曇天で薄暗かったらしいが、あまり気にせずに近道と教わった山中の一本道をずっと走っていたのだが、そろそろ山を下ってK市内に出てもいいはずなのに、一向に山道を抜けないし、それどころかアスファルトの舗装もなくなり、車が一台通れる程度のすごく狭いデコボコ道になってきた。

彼女はさすがに道を間違えたのかな?と不安になっていたら、ちょうどそこに農作業の帰り道とおぼしき一人のお婆さんが通りかかった。

彼女がそのお婆さんに「すみません。この道はK市に抜ける道であってますか?」と尋ねると「いや、この道は違うけえ。この先もうちょっと行った所に民家があって、そこの家の前が広うなっとるけえ、そこでUターンしんさい」と親切に教えてくれたそうだ。

彼女はお礼を言い、教えてもらった民家まで車を進めた。

しばらく行くとお婆さんの言った通りに民家が見えてきたのだが、それがこんな山中になんで?っていうくらい大きな屋敷で、母屋の他に納屋と倉まで建っているような昔の豪農のようなたたずまいだった。
ともかく彼女はその家の前を借りて、車をUターンさせようとした、
その時に先程、道を教えてもらったお婆さんがなぜか車の横に立っている。
車でかなり走ってきたのに、なんでさっき別れたばかりのお婆さんがこんなところに?と、彼女は気味が悪くなったのだが、一応、窓を開けて先程のお礼を再度、述べたそうだ。

するとお婆さんは「せっかくだから家でお茶でも飲んでいきんさい」と、彼女に強くすすめるので、導かれるままに、彼女は車を降りたそうだ。

すると、お婆さんが家の中に向かって「おじいさーん、きょうこさんが帰ってきたよー」と意味不明のことを口走り、その声に応じて家の中からお爺さんが出てきて、「ああ、きょうこさん、よう帰ってきたね~」などと、彼女にとって全く理解できない内容の声をかけてきたのだ。

彼女の名前は「きょうこ」ではないし、その老夫婦もその日初めて会った見知らぬ他人だったのにもかかわらずだ・・・。

その時、彼女は母屋の中から彼女をじっと見つめる明らかな視線を感じた。
ぎょっ!!として納屋の方を見るが、もちろん中の様子はわからない。
彼女は気味が悪いのを堪えて、お爺さんにすすめられるまま、縁側に腰をかけた。

縁側に彼女が腰をかけてもそのお爺さんは「きょうこさん、よう戻ってきた」などと変わらず、意味不明のことを彼女に言うので、彼女はこのお爺さんはきっと少し痴呆が入ってるのだ、と解釈し「いえ、私はただの通りすがりの者で、きょうこさんじゃありませんよ」と言ってみたのだが、お爺さんは全く聞く耳をもたない。

次の瞬間・・・。

彼女は意識を失ってしまい、ふと気がつくと母屋の中の仏間にお爺さんと二人でなぜか座っていた。
彼女は自分の意識がなぜ飛んだのかわからなかったが、お爺さんはまた一方的に彼女に話しかけてきた。

お爺さん「昼の間は他のもんは出払っとって、ワシ一人じゃけえのう」

彼女は気味悪さを堪えつつ「あ、そうなんですか?でも、納屋の方にひょっとしたら、どなたかいらっしゃるんじゃないですか?」と聞きかえした。

すると、「ああ、あれは家の孫の子なんじゃが、結核を患ろうて、ここに置いとるだけじゃ。数のうちには入りゃあせん」とお爺さんは言う。

「ああ、病気の療養されてるんですか。それは大変ですね」と彼女が言った瞬間、何者かが彼女の腕をギュッと掴んだ。

びっくりして彼女が自分の腕を見ると、3歳くらいの女の子が腕を掴んでいた。
いつの間にその部屋に来たのか、まったくわからなかったのだが、その少女は無表情な顔でじっと彼女を見つめている。

彼女はもう、本能的にこの家がただごとではないことに気がつき、逃げようとしたのだが、体がまったくいうことをきかない。
するとお爺さんが「こりゃ!この人はおまえのお母さんじゃあないんで!」と女の子を叱りつけたそうだ。

次の瞬間、彼女は目を疑った!

なんと女の子はいきなりお爺さんに飛びかかり、首筋に噛みついたのだ!
しかも、先程の無表情な顔とは一変し、獣のような牙をむき出しにし、赤く光る不気味な目を輝かせながら!

彼女の話では本当に身の毛もよだつような恐ろしい顔だったそうだ。
とにかく彼女はもう、限界だった。
逃げようと体を起こそうとしたのだが、体がまったくいうことをきかない。

ふと自分の体を見ると、畳の中から無数の手が伸びてきて彼女を掴んでいたのだ!
そればかりではない。
その無数の手は彼女を掴みながら、「きょうこさん、やっと大旦那さんのとこに帰ってきてくれたんじゃねえ、もうどこにも逃げられんよ~」などと語りかけてくるではないか!

もう、彼女は気を失いそうになった。
そしてふと横にいたお爺さんを見ると、先程まで首筋に噛み付いていた幼女は消え、そのお爺さんはお爺さんではなく40代の中年の男になっていたのだ。
その男も周りの手の声と同調するかのように、「きょうこさん、あんたはもう戻れんのんじゃけえねえ」とニタニタ笑いながら語りかけてくる。

まさに、どうしようもない状況であったらしい。

その悪夢のような状況が変わったのは、その男(元・爺)がいきなり立ち上がり、彼女の手を掴んで、外に連れ出した時だった。

彼女は抵抗もできず、家の外に連れていかれ、倉の前に立たされた。
わけもわからず、彼女が怯えてていると、男は倉の戸を開け、彼女に中の様子を見せたのだ。
倉の中に入っていたものは・・・時代劇などに出てくる座敷牢がその中にはあり、牢の中には一人の女性が横たわっていた。

彼女は恐る恐る、「こ、これは誰ですか?!」と男に問いかけた。
すると、「誰って、おまえの妹じゃろうがあ」と男はニタニタしながら答えた。

彼女はもう、パニック寸前でそこから一刻も早く逃げ出そうとした。
ふと、横を見ると自分の乗ってきた車はまだそのままの場所にある。
彼女は男を振り切り、車までなんとか駆け出した。
すると突如車の前に、最初出会ったお婆さんが現れ、フロントガラスの上にカラスの死骸を置きながら「きょうこさん、あんたもうどこにも行かれんのんじゃけえねえ!」と睨みつけてきたそうだ。

彼女は気が狂いそうになるのを必死でおさえながら、フロントガラスの上のカラスの死骸をはねのけ、車に乗り込んで、必死にエンジンをかけようと試みた。

この手の話の展開ではお約束のような感じだが、案の定、車のエンジンはなかなか始動しなかった。
それでもようやくエンジンがかかり、急いで車の向きを変え、もと来た道をひたすら戻ったそうだ。

話はここで終わればよかったのだが、この時、彼女にとり憑こうとしていた霊は、そんな生易しいものじゃなかったのだ。
彼女は来た一本道をひたすら走らせていたにもかかわらず、道はなぜかどんどん狭まっていき、ついには車が走行不可能な幅にまでなってしまった。

彼女はその場で立ち往生してしまい、どうしようかと悩んでいると、道の前方に、来た時にはなかったはずの赤い橋がぼんやり浮かんできたそうだ。
次の刹那、車の横にはあの老婆が立っており「戻れん言うたじゃろう?あの橋はあんたのために作ったんじゃけえ、渡ってもらわんといけんのんよ」と、車の窓越しに語りかけてきた。

彼女はもう、覚悟を決め、車を後退させ、逃げれるとこまで逃げようとした。
老婆を無視して車をバックさせていると、今度はその老婆が逆さまで車のフロントガラスに張り付き、「逃がさんけえねえ~逃がさんけえねえ~」とずっと叫び続けていた。

窓に張り付き叫び続ける老婆を無視して、ひたすら後退を続けたのだが、今度はまたしても前方に、先程見た赤い橋が見えてきたそうだ。

もうその時は彼女も万策つきて、「もうダメだ・・・」と思ったらしい。
彼女は呼び寄せられるように、車を降りてしまい、その橋に向かって無意識に歩いて行こうとした。

その時!
頭の中に直接語りかけるように、彼女が小さい頃、自分を育ててくれたお婆さんの声で「◯◯ちゃん!そっちに行ったらいけんよ!」という声が聞こえたそうだ。
その瞬間、彼女はまたしても瞬間的に気を失ってしまった・・・。

そして、気がつくと車を運転しており、そのまましばらく行くと、見慣れたアスファルトの道路にようやく辿り着いたのだ。

まさに九死に一生というか、なんとかあの世の一丁目ともいうべき場所から解放された瞬間だった。

ここまで書き進めて、この話を読んでくれた方々は、「それはいかに言ってもネタ話だろ?」と思うかもしれない。

しかし、紛れもない彼女の実体験なんです。
しかも、彼女の恐怖はこれだけじゃすまなかったんです。
なんというか、そのダムにまつわる因縁めいた後日談というか・・・。

その晩、彼女は帰宅し、何気なく自分の所持品を調べたそうです。
すると大事なものが無くなっていることに気付いた・・・。
彼女はその日の朝まで持っていたはずの運転免許証を紛失していることに気がつき、その日のうちに、再発行の手続きをするために、警察署に行ったんだそうだ。
信じられないことがあったのはまさにこの後から。

警察署に行くと、幸運にも紛失した彼女の免許証は落とし物として届けられていた。
彼女は安堵しつつ、引き取りの手続きをしようとした。

ところが、その運転免許の顔写真が彼女の写真ではなく、まったくの別人の顔に変わっていたというのだ。

当然、警察では偽造とか犯罪の可能性もあるので、彼女の免許証をしばらくあずかり検査したのだが、これが写真が本人と入れ替わっている事実は別にして、まったく偽造した形跡がない正真正銘の免許証だったのだ。

後日、警察を通してわかった事実なのだが、その顔写真の主とは、彼女が恐怖体験をした日にテレビを配達に行ったF家というお宅の娘さんで、名前は「きょうこ」さんだったのだ。
しかも、その顔写真の主は、彼女が怖い目に遭った場所の近辺で交通事故死していたというのだ。

ここからは、すごく因縁めいた話。
そのテレビを買われたF家のお婆さんという人は、その近辺の豪農の娘で、若い頃、自分の実家と折り合いが悪く、駆け落ち同然で、家を飛び出したんだそうだ。

駆け落ち後はずっと長い間、東京に住んでいたらしいのだが、偶然にもその娘さんがY県のお婆さんの実家のある町の人と結婚し、年をとったからというので、娘さん夫婦に引き取られる形で、自分の生まれ故郷に戻ってきてたらしい。

そして、亡くなったきょうこさんとは、お婆さんの娘さんの子供、つまり孫にあたる女性で、亡くなった時の年齢は、恐怖体験をした彼女と同じであったとのことだ。
なんでも、その方の実家である家(つまり彼女が導かれて迷い込んだ幽霊屋敷)はとうの昔にダムの底に沈んでいるというのだ。