テントに入り、少し落ち着いたので俺は昼間のことを3人に話した。
するとAもBも同じ感覚を感じたらしい。
要するに4人とも背後に誰かいるような、そんな気配を感じていたのだった。

しばらくの沈黙のあと、Cが「ここなんかやばくないか?車近いし、ひとまず荷物は昼間になったら取りに戻るとして、車でふもとまで下りないか?」

Aも「その方がいいかもな・・・あの建物なんかヤバイ場所だったのかも・・・」と、普段は結構強気なAとは思えない口調で言い出した。

BもやはりAやCと同意見のようで、どうせ荷物が盗まれるようなことは無いだろうし、ひとまず車まで行くことにしようと決まった。

その時、外で風が吹いて木々がザワザワと鳴り出した。
そして、そのザワザワという音に混じって何かが聞こえてきた。

耳を澄ますと・・・良く聞き取れないが、風に乗って人の声のようなものが聞こえてきた。
何か歌ってるような・・・そんな声だった。

本格的になんかヤバイ。
俺はその時そう感じた。
俺達は意を決してテントの外に出た。
そして、早足に車へと向かった。

その時、Bが車の方向に何かを見たらしい。
らしいというのは、俺達には何も見えなかったからだ。
Bは突然立ち止まりガタガタ震えながら進行方向を指差すと「うわああああああああああああああああああああああ」と叫びながら車とは逆方向、川の方へと走って行ってしまった。

俺達は「おいB待てって、ちょっと止まれ!」と言いながらBの後を追った。

Bはそのまま川を越えると、さっきの砂利道を建物とは反対方向へと走って行く。
とにかくわけも解らずBを追いかけた。

しばらく走っていると、Bは一瞬立ち止まると90度方向をかえ、道ではない場所を沢の方へと下りて行ってしまった。
俺たち3人もその後を追う。

しばらく懐中電灯を照らしながら道では無い場所を走っていると、俺は脚を踏み外し窪みのようになっている場所に落ちてしまった。
背中を地面にぶつけて暫少しの間呼吸ができず、うめきながら起き上がると、遠くにBを呼ぶAとCの声がする、どうやら俺が落ちたことに気付いておらずそのまま進んでしまっているようだ。

俺は手足を動かしてみた。
怪我はしていないようで、背中をぶつけた痛み以外に痛い場所は無い。
その間にAとCの声も聞こえなくなってしまった。

「とにかく上に上がらないと!」

そう思った俺が窪みを登ると、また背後に気配を感じた!

恐る恐る後ろを振り向き懐中電灯を照らした。

何もいない・・・。

なんとなくホッとした、よたよたと歩きながらとりあえずB達が駆け下りて行った沢の方へと歩き出した。
沢に下りると皆を探さないとと思い「おーい、A、B、Cいるかーーー!」と大声で叫んでみた。

が、反応はない。
するとまた背後に気配を感じる・・・。

そして、今度はそれだけではなかった。
風の乗って、さっきキャンプ地で聞いたのと同じ、何かが歌っているような声がまた聞こえてきた。
そして、まだ内容はよく解らないが、さっよりも近くはっきりと聞こえるようになってきている。

暑さとは違ういやな汗が全身に噴出してきた。

歌声は段々と近づいてくる・・・。
恐怖心を振り払い背後を振り向くと暗闇を懐中電灯で照らした。

しかし、やはりなにもいない・・・。

歌声は更に鮮明に聞こえるようになり、ほんの20mか30m先にまで近づいてきたのだが、なぜかその時動けなかった。

動けずにいると、歌声はもうすぐ側までやってきた。
なぜかいまだにどんな歌詞で歌っているのかさっぱりわからないが、かろうじてどうやら何かの民謡のようだということだけ解った。

混乱してあたりをキョロキョロしながら懐中電灯で照らしまくっていると、周囲に複数の気配を感じた。
だが、気配は感じるのだがどこにも姿が見えない、姿が見えないのに、明らかにそこに「何かがいる」のだけは解る。

意味が解らない・・・。

俺は恐怖心と暗闇に一人というこの状況で完全に冷静さを失っていた。

その時、俺のすぐ後ろで誰かが何かを囁いた。
囁く時の息の生暖かさすら感じた。

今まで感じたことの無いような恐怖心を感じながら後ろを振り向むき懐中電灯を照らした。
が、やはりそこには何もいない・・・。
何もいないのだが、はっきりと目と鼻の先に「何か」の息遣いを感じた。

もう限界だった。

俺は歌声のする方向とは逆方向に全力で逃げ出した。
木の枝や茨のようなものが体に当たり、あちこちに小さな傷ができる、それでも俺は走るのをやめなかった、そして、どれくらい走っただろうか、結構広めの舗装された道路に出た。

道路に出る頃にはもう歌声も気配もしなくなっていた。

俺は少し安心して、もしかしたらと携帯画面を見てみたが、まだ圏外のようだ。
しかたなくその道をあても無く歩き始めた。
広い道なので歩いていればいずれどこかにでるだろうと思ったからだ。

しばらく歩いていると、後ろの方から車の走る音が聞こえてきた。

「助かった!」

そう思って待っていると、遠くから車のヘッドライトが見え、だんだんとこちらへ近いづいてくる。
目立つように少し道路の真ん中に寄ると、俺はありったけの声で「助けてくださーい!」と叫び続けた。

車がもうすぐ近くまで来るという頃、異変が起きた。

誰かが俺の両足首を掴んでいる・・・。

俺はかなり強くつかまれ、足が痛いうえに身動きが全くできなくなってしまった。
それでも大声で叫び続けた、そうしなければ、この車を逃したら・・・そう思うとそちらの方が恐ろしかったからだ。

とうとう車は目の前まで来た。
そして、急ブレーキを踏んで俺のすぐ前で停車した。
車はいかにも高そうな外車で、中から怒鳴り声を上げながらあからさまにそっち系のおっさんが出てきた。

普通ならこういう人達とは係わり合いになりたくない・・・だが、今は非常時だ。

この後はどうなってもいい・・・。

俺は心底そんな気持ちでおっさんに車に乗せてほしいと頼むつもりだった。

おっさんはドアを開けながら怒鳴り声を上げていたのだが、急に俺の背後を見ながら顔を引き攣らせ、大急ぎでドアを閉めるとそのまま走り去ってしまった。

・・・えっ!?

俺は呆然とした。

まだ足は掴まれたままだ。

背後になにかいる・・・。

それだけはおっさんの反応でわかったのだが、恐ろしくて後ろを振り向けない・・・。
すると、背後から例の歌声が聞こえてきた、そしてそれだけではなく、何か強烈な腐臭も漂ってくる。

俺はありったけの力で足を動かそうとしたが、動かない。
そして、体を捻らせた拍子に体制を崩しその場に倒れこんでしまった。
それでも、恐ろしくて背後を見ることができない。
しかし、幸運なことに転んだ勢いで足を掴んでいる手が離れた。

そのまま這うようにその場を離れると、起き上がり全力で走り出した。

この時、俺は背後を振り向き何かを見た、それは間違いない。
そしてそれに今まで感じたことの無いような恐怖心を感じたのも間違いが無いのだが、今思い返してもなぜか何を見たのかが思い出せない。
これを読んでいる人はおかしいと思うのだろうが、そうとしか言いようが無い。

「何か恐ろしいものを見た」という記憶しかなかった。

たぶん1km以上は走ったんじゃないかと思う。
その時、ポケットに入れていた携帯が突然鳴った。
どうやら携帯の繋がるところまで下りてきていたようだ。
電話に出るとそれはAだった。
電話越しにCの声もする。

Aが「おい、大丈夫か?今どこにいる?」と、かなり心配しているようだ。
俺はとりあえず無事なことと広い道にでていることを伝えると「Bはどうなった?無事なのか?」と聞いた。

Aによると、Bも無事で3人で一緒に資材置き場の駐車場のような場所にいるらしい。

話を聞いていると、どうも俺と同じ道を下ってきていたようで、電話をしながらしばらく歩いていると3人が見えてきた。
キャンプ地を逃げ出してからかなり時間が経っていたのか、空が白み始めている。

3人に合流すると、Bは駐車場の縁石に座りぼーっとしている。
とりあえず俺は皆にはぐれた後のことを説明した。

するとBが「そう、それだ、俺が見たのも!」と言ってきた。

姿形は全く思い出せない、でもそこに「何か恐ろしいもの」がいたのだけははっきりと覚えているんだという。

AとCにそういうのを見たか聞いてみたが、2人はそういうのは見ていないという。
ただ、Bを追っている最中にずっと背後に気配と視線は感じていたらしい。

話しているうちに日が昇り周囲が明るくなり始めた。

俺達4人は携帯の地図で場所を確認すると、どうやらキャンプ地から大きく廻りこんで別の峠のほうに来ているようだが、歩いて戻れる範囲ではあるようだ。
本当は戻りたく無いのだが、荷物も車もそこにある、戻らないわけにはいかない。

俺達は3時間かけてキャンプしていた場所まで戻った。

戻ってみると、一見何も変化がなく、荷物もテントも車も来た時のままだ。
しかし、根拠は無いが4人とも「またあれが来るんじゃないか」と内心ビクビクだった。
そして、中の荷物をまとめようと俺がテントに入ろうとしたとき、中からあの強烈な腐臭がしてきた。

俺は「うわっ」と声をあげて尻もちをついて、別のところで荷物をまとめていたA、B、Cが何事かと寄ってきた。

俺が「ヤバイ、なんかテントの中からあの臭いがする・・・」というと、真っ青な顔でBが「マジか・・・」と後ずさりした。

Aが「・・・とりあえず外から中を探ってみるしかなくね?」と動揺気味に言ってきたので、外から棒でつついたり石を投げたりして内部の反応を見てみた。

しかし、何の反応も無いし気配も無い。
Cが恐る恐るテントの窓を覗き込むと「見える範囲には何もいないっぽい・・・」と言ってきた。

俺は意を決してテントの入り口を開けて中を覗き込んだ。

中には俺達の荷物がそのままだ。
ぱっと見た限りでは臭い以外におかしなところは何も無い。
ただ、よく見るとテントの中央辺りが黒く煤けている。
まるで何かそこで小火でも起きたような色で特にその辺りの腐臭が酷い。

俺達はなるべく臭いをかがないようにしながら荷物を全て外に出すと、テントを川で念入りに洗い臭いを完全に洗い落とし、荷物をまとめると早々にその場を逃げ出した。

帰り際、ふもとの小さな町でそれとなく色々聞き込みなどもしてみたのだが、結局あれが何なのかは解らなかった。
というより、山そのものに「いわくも何も無かった」といったほうがいい状態だった。

その後、俺達には特に何も起きておらず、結局あの晩に起きたことの真相は今現在まで何もわかっていない。

ただ、今でも俺は少し暗闇が怖い。
常にではないが、たまに真っ暗の闇の中から“あの”何か気配や歌声が聞こえてくるんじゃないかと不安になるときがある。

以上、これが1年前の出来事の全てです。