百年の歴史のある、某高校の話である。

都内の閑静な住宅街にあるその高校には、いくつかの怪談話がある。
外国人墓地を埋め立てての立地のため、深夜に外国人の兵隊が行進している、とか、誰もいない筈の教室に白い格好をした女性が入っていくのを見た、とか・・・。

その高校の三階に、封鎖されたトイレがある。
三階の北側の男子トイレ。
入って左には小用の、右には便座のついたトイレがそれぞれ三つある。
その一番奥の便座のトイレが、閉ざされたままなのである。
この理由については「ただ単に故障しているだけ(職員)」「昔、そこで手首を切った生徒がいる(生徒)」などとさまざまな噂が囁かれていた。

そんなある日、老朽化した学校を建て直すため、そのトイレのある校舎が立て壊されることになった。
好奇心の強い、ある高校生がこの際そのトイレを開けてみたいという欲求に駆られ、友達二人を連れ立って、夜八時頃に校舎に侵入した。

その日は土曜の夜ということもあって、教職員はほとんど不在。
いつもの活気ある校舎とはうって変わって不気味な静けさが支配している。
彼ら三人の足音が、妙に大きくこだまする。誰かに見つかりはしないかという物理的な恐怖と、本当に何か出るのではないかという心理的な恐怖が、三人の心臓を絞り上げた。
いつもなら、なんてことのない階段を、ゆっくりと登る。
一段一段、ゆっくりと・・・。
問題の三階のトイレの前に着いた頃には、三人ともかすかに息切れをしていた。

幸い、トイレは常時電灯が点いていて、中を見通すことができた。
ふさがれたトイレの前に立った三人は、まず上部の隙間から覗くことにした。
しかし、なぜかそこもふさがれている。
厚いベニヤ板が釘で打ちつけてあった。
以前に同じことを試した人間がいるのであろう、引っかいた跡や、タバコの吸殻などが散乱していた。

何もここまでしなくても・・・。

三人は云いようのないこの恐怖が本物だ、ということに薄々感づいていた。

しかし、ここまで来て何も見ずに引き返すわけにはいかない。
木製のドアであったため、持ち込んだ桐で、覗き見ができる程度の穴を穿ち始めた。
最初、手が震えてなかなかうまく刺すことができなかったが、やがてその桐はじょじょにドアの中へと埋まっていった。

その間、三人は無言だった。

このまま穴なんてできなければいい、という思いもどこかにあった。
長い時間を要したが、貫通した時にはもう穴が空いてしまったのか、と時間の感覚がすでに狂っていた。
ゆっくりと桐を抜いていく。
誰が最初に中を見るか、声を潜めて相談する。

誰もが一番最初を嫌がった・・・。
それはそうであろう。

結局、今回の侵入を思いついた高校生が最初に見ることになり、恐る恐る穴を覗く。

すると・・・。

そこに見えたのは、普通のトイレの内部だった。
何か見えるのでは、と期待した半面、どこかホッ、と安堵した。
残りの二人にも中を見るよう勧める。
二人も同じだった。
先程までビクビクしていた自分たちが急におかしくなり、三人は笑い出した。
やっぱりこんなものは迷信だよ、と一人が再び穴を覗きこんだ瞬間・・・。

「人の顔?」

トイレの向こうから、誰かがこちらを見ていたのだ。

そのただならぬ雰囲気に、もう一人が穴を覗いた。
彼が見たのは、真っ赤な血が壁中に付着したトイレの内部だった。

そんな二人を見て、残りの一人は訳のわからぬ声を上げて走り始めていた。
二人もそれを追うようにしてその場を立ち去った。

何十年もふさがれたドアの向こうにいたものは、一体なんだったのだろうか・・・?

ちなみに最初に逃げ出した高校生は一週間学校を休んだ後、退学。
その後、いくつかの精神病院に入院した。
数年後、どこかの神社でお祓いをして、現在は普通に生活しているが、今でもあの時のことは堅く口を閉ざして、何度聞いても語ってはくれない、という。