高校生の時、俺は腸が弱かった。
ゆえに、学校に行く時は少し早く出て、途中の汚い公衆便所で用を足すことが多かった。
その公衆便所は駅を降りて、通学路からは少し外れた、森(と呼べるのか分からないが)の中にある。
そして、必ず一番手前のドアが閉まっていた。

無論その中にはいつも、ちゃんとした「人間」がいるのは知っていた。
くしゃみや咳、新聞を広げる音などがしていたからだ。
しかし、それを気にしている暇もなく、学校に遅れないように、大量の◯ンコをすることで精一杯だった。

いつも同じ場所で、俺が行った時にいつも用を足している人間がいることを、まだその時は不自然には思わなかった。
ま、そういう奴もいるだろう、と思っていた。

俺が朝、家を出て、電車の中で腹が痛くなり、その公衆便所で用を足し、学校へ行く。
そんなサイクルも一年以上続いた高校二年のある日、やはり俺は朝、腹が痛くなり、例の便所へ駆け込んだ。
そしていつものように閉まっている手前の個室を通り過ぎ、用を足し終わった。
その時、その個室から声がした。

「いいですね・・・いつもお腹の調子良さそうで」

学生、とは言えないが、若そうな声。
一年以上俺と同じタイミングで用を足していた、そいつの声を初めて聞いた。
だが「いつも」とはどういうことか?
とりあえず、「え、あ、まあ・・・」とくらいしか返事を返せなかった。
そして次に奴が言った、不気味な言葉。

「私なんかね、もうね、ずっとお腹の調子悪いんですよ。ほんとに。出てないんですよ、ずっと。私ねこの場所から全然出てないんですよ。ほんとに。お腹の調子、悪いからね、出れないんですよ」

手を洗いたかったが、これ以上ない寒気に負け、学校で洗うと決め、早足でその場を出た。
凄く心臓がバクバクと鳴っていたのを今でも覚えている。
後ろを振り向くことは絶対に出来なかった。

「いつも」という言葉。

個室から出ていないのに、なぜ俺がいつも用を足していることを知っているのか?

そして、「この場所からずっと出ていない」という言葉。
一年以上、奴はずっとあの場所に居たのか・・・?

考えれば考えるほど、訳が分からなくなった。
その日からはいくら腹が痛くても我慢して学校まで耐えるか、遅刻覚悟で家で用を足して行くかにした。

奴が人間だったのか、分からないが、これほどに不気味なことは無かった。