私がまだ小学校に上がったばかりの頃の話です。

その頃住んでいたのは、漁村と農村が一緒になったような田舎でした。
今みたいにゲームとかネットとかもろくにない時代。
子供たちは自然の中で遊び回るのが普通でした。

そして、ちょうど今頃の季節。
夏の終わりが近づいて、夕立の多い時期のこと。

その日も私は二人の同世代の友達A・Bと一緒に、海辺の松林で戯れていました。
木登りをしたり、追い掛けっこをしたり、他愛もないお喋りをしたり・・・。
その辺りはほとんど人の来ない、私たちだけの秘密基地みたいな場所。
だから、見慣れない女の子が松林の間から、じーっとこっちを窺っていることに気付いた時には、少し驚きました。

その子は同い年くらいで、大人しそうな雰囲気。
長いおさげ髪を結んでいたピンクのリボンが可愛かったのを覚えています。
彼女は『マナ』と名乗り、夏休みで祖父の住むこの町に来たと言いました。
大人しいながらも気さくな少女で、歳も近かった私たちはすぐに仲良くなれました。
やがて話にも飽き、一緒に遊ぼうという流れに。

Bの提案で、かくれ鬼をすることになりました。
かくれ鬼というのは、かくれんぼに鬼ごっこが組み合わさったようなものです。
鬼が100数える間に他の参加者は隠れ、鬼がみんなを捜す。
かくれんぼは見つかった時点で負けになるが、かくれ鬼では見付けられた者が走って逃げる。
鬼がそれを追い掛けて、隠れていた者が鬼にタッチされたら負け。
今度は負けた者が次の鬼になり100を数え、鬼だった子は隠れる側に回る・・・そんな遊びです。

まずジャンケンで負けたAが最初の鬼になり、かくれ鬼が始まりました。
でも、何度繰り返してもマナだけ見付かりません。
段々おかしいと思い始め、私とAとBは遊びを中断してマナを捜し始めました。

三人掛かりで捜すのだから、マナもすぐに見付かるはず。
・・・でも、いくら捜してもマナは見付からなかりませんでした。
あらかじめ決めてあった隠れる範囲を超えて捜しても、マナはいない。
軽く二時間は捜したと思います。

そうこうしているうちに雲行きが怪しくなり、激しい雷鳴と共に大粒の雨が降り出しました。
仕方なく私たちはマナに聞こえるように大声で叫びました。

「マナ、かくれ鬼おしまいだよ!雨降ってきたから私たち帰るよ!マナも早く帰りなー!」

二、三回繰り返しましたが、返事はありませんでした。
後ろ髪を引かれる気持ちはありましたが、私たちは帰宅することに。
とはいえ慣れない土地で迷子になっているかも知れないマナを放ってはおけず、私たちはそれぞれの親にいきさつを話しました。
親たちはすぐに町内会の連絡網でマナがどこの家の子かを調べつつ、一方で現地の捜索に当たったようでした。

でも・・・マナは見付かりませんでした。
迷子のままという話ではなく、マナという子がどこの子なのかも不明だったのです・・・。

4日後、私とAとBは親から『マナちゃんは帰ったよ』と伝えられました。
あの日はかくれ鬼の最中に雨が降り、みんな帰ったと思って帰宅した。
そして昨日、別の県にある自宅へ帰った、という話でした。

子供心にも何か腑に落ちない気はしたが、その件はそれで片付けられてしまいました。
もちろん、それは子供向けの方便。
実際にはマナは見付かっておらず、マナという子に心当たりのある人すら見付かっていなかったそうです。
親族などからの届出もなく、警察も通り一遍の捜索をしたのみ。
最終的には、私たちの狂言だったのではないかという話で片付けられてしまったそうです。
まぁ、そういう真相はかなり大人になってから母から聞いたのですが。

『マナ』とは、一体何者だったのでしょうか?

時は流れて私は故郷を離れ、就職も無事済ませました。
すでにマナのことは記憶の彼方で埋もれてしまっていた・・・そんな頃。
GWに小学校の同窓会があるというので帰省した私は、その席で久々にAとBとの再開を果たしました。
そこで偶然マナの話題が出たのですが、Bが怯えたような顔になり、急に「この話やめようよ」と言い出したのです。

理由が分からず、私とAはどういうことかとBを問い詰めました。
渋々ながら話し始めたBが言うには、『マナが来た』らしいのです。

Bが高校生の頃、あの日と同じような夕立の午後に部屋でうたた寝をしていたところ、金縛りに。
すると、ぴちゃぴちゃという足音が段々近付いてきて、ひどく冷たい小さな子供の手がBの肩を掴んだそうです。
薄目を開けると、そこにはあの日のマナがBの顔を覗き込んでいて、「Bちゃん見ぃ付けた」と言った、と・・・。

「悪い冗談やめてよー」と笑い飛ばしたAに、Bは真剣な顔で首を振りました。

B「本当の話だよ。それに・・・次はAちゃん、って言ってたんだから」

これにはさすがのAも顔をこわばらせました。
Bはそれから私に向き直り、「その次はたぶんあんただよ」と言い放ちました。

固まる私の肩をぽんぽんと叩きつつ、Aは無理矢理に笑い飛ばしながら否定の言葉を探しました。

A「でもさぁ、かくれ鬼はタッチされた人が次の鬼になるルールじゃん。マナが次も鬼って変じゃない?だからないよ、私んとことか来ないって!」

でも・・・かくれ鬼のルールとか関係なく、マナはただかくれ鬼の形式を使って私たちの所へ来ようとしているだけなんじゃないだろうか・・・。
たぶん、三人とも同じことを考えていたと思います。
でも、その場は「そうだよねー」などと無理矢理笑い飛ばしました。
深刻に考えれば考えるほど怖かったから。

その年の夏の終わりに、Aからメールが来ました。

A「マナが来た。Bの話は本当だった」

ピンクのリボンを飾ったおさげ髪の少女は、次に私の所へ来ると言ったそうです。
あれから二年が経ちますが、マナはまだ私の所へは来ていません。

この時期、夕立が降るたびに私は怯えてます。