以下は実話なので地名、人名、職業についてはっきりと書きません
大学の友人Hと俺とは親友といっていい関係だった。
Hはイケメンで頭もよく、友人間での人望も厚い男だった。
そのHのもとに“差出人不明の封書”が届いた。
内容は、Hの父方のルーツが“被差別部落”につながるというものだった。
H自身は、西日本と東日本の境目に位置する海のない内陸県の出身だったが、祖父は関西出身で、その場所が被差別部落であるという。
また祖父の職業も被差別部落出身者が多いといわれている仕事であり、Hの苗字(父方の苗字である)にも被差別部落民特有の文字が使われていると指摘されていた。
母親は東海地方の出身で、両親と結婚していない姉(Hにとっては叔母)が公営住宅に住んでいる。
これがいわゆる同和住宅ではないか、もう相当な年齢の姉が未婚であるのは、出自に問題があるからではないかという指摘もあわせてなされていた。
大学の友人Hと俺とは親友といっていい関係だった。
Hはイケメンで頭もよく、友人間での人望も厚い男だった。
そのHのもとに“差出人不明の封書”が届いた。
内容は、Hの父方のルーツが“被差別部落”につながるというものだった。
H自身は、西日本と東日本の境目に位置する海のない内陸県の出身だったが、祖父は関西出身で、その場所が被差別部落であるという。
また祖父の職業も被差別部落出身者が多いといわれている仕事であり、Hの苗字(父方の苗字である)にも被差別部落民特有の文字が使われていると指摘されていた。
母親は東海地方の出身で、両親と結婚していない姉(Hにとっては叔母)が公営住宅に住んでいる。
これがいわゆる同和住宅ではないか、もう相当な年齢の姉が未婚であるのは、出自に問題があるからではないかという指摘もあわせてなされていた。
Hがその手紙を俺に見せたのは、彼に被差別部落についてまったく知識がなく、どうしていいかわからなかったからだった。
俺とHの通う国立大学は北陸地方にあり、俺は大学のある県の隣の県の出身だ。
俺自身は、学校で同和教育をされたことはなかったが、地元には被差別部落があり、ひと通りの知識は持っていた。
北陸地方というのは関西文化圏の影響が強いため、どうしても噂という形で耳に入るのだ。
Hの出身県にも被差別部落はあり、同和教育という形を取らなくても、それなりの知識は入っていたはずだ。
俺はHの不自然な無知に、彼の家庭内において同和問題が語られることがタブーだったのではないか、あるいは近所の人などがHの家の出自を知っており、あえてその種の話題を避けていたことに原因があるのではないか?と考えた。
つまり差出人不明の手紙の内容が「当たっている」のではないか、と考えたのだ。
Hは怯えているように見えた。
手紙には被差別部落民をルーツに持つ人間がどのように生き辛い状況に置かれるか、いささか時代錯誤的な調子で書かれていた。
就職できない。
結婚できない。
クレジットカードは作れず、部屋を借りようにも不動産屋で門前払いを食わされる。
俺たちは当時大学二年で来年度には就職活動を控え、Hには学部でも評判の美人の彼女がいた。
Hは自身の将来について不安を抱き、怯えていた。
俺「今は二十一世紀だぜ」
俺「現在は差別する側が重大なペナルティを負う時代だ。もし被差別部落出身であることを理由に採用を見送ったとわかったら、コンプライアンスの面で叩かれるのは企業の方である」
俺はそうに語った。
俺「とはいえこれは差別の実態を知らない俺の一般論だ。おまえの彼女に相談してみたらどうだ?」
Hの彼女は関西の出身だった。
同和教育もされているだろうし、俺たちよりは実態を知っているだろうから、そのアドバイスは有益だろう、と俺はHにいった。
Hはその通りだと頷き、一度機会を作って彼女にきちんと話してみるといった。
それからしばらくはアルバイトやレポートなどの雑事にまぎれて俺はHと連絡を取らなかった。
Hについての情報が届いたのは学部の別の友人からだった。
Hがアパートの自室で首を吊って死んでいるところを発見されたというのだ・・・。
遺書はなく、部屋には酒壜が散乱していたことから、泥酔状態で突発的に自殺をしてしまったらしい。
「Hが自殺するなんて信じられない、ありえないよ」と友人はいったが、俺には心当たりがあった。
俺はHの彼女に連絡を取った。
恋人を亡くしたというのに、電話に出た彼女の声にまったく動揺は感じられなかった。
その理由について「あたしたち、別れたからね」と彼女は素っ気ないを通り越して冷淡な口調でいった。
「いつ?」との俺の問いに、一昨日と彼女は答えた。
俺「どうして別れることにしたんだ?」
Hの彼女(元)「あいつ、××じゃん」
Hの元彼女は、部落差別の淵源となった、ある階層の蔑称を使った。
Hの彼女(元)「しかも両親ともにでしょ?今までどのツラ下げてあたしとつきあっていたのか。あたしもなめられたものよ。おまけに、きみは理解があると思うから話したとか勝手なことぬかしてさ。理解ならしてるわよ。××はまともな人生を歩けない。××との結婚なんて、あたしはもちろん、親兄弟親戚が認めるわけがない。××とつきあってたってことだけでも充分汚点なんだからさ」
俺「そのことはHにいったのか?」
Hの彼女(元)「はっきりいわなきゃわかんないでしょ。ああいう連中には」
その結果Hが自殺したことについて罪悪感を感じているか、などという質問をする必要はなかった。
罪悪感など毛ほども感じていないに違いないからだ。
俺「でもきみとHがつきあっていたことはかなりの数の人間が知っている。事情を知らない人間から見ればきみは恋人を突然亡くした悲劇の女性だ。しばらくは殊勝そうな顔をしておく方が無難だと思うが」
Hの彼女(元)「・・・」
電話の向こうから明らかに面倒くさそうな彼女の雰囲気が伝わる。
俺「俺と一緒にいた方がいいと思う」
Hの彼女(元)「なんで」
俺「やり場のない辛い気持ちを、死んだ恋人の友人に慰めてもらっているように見えるだろう?」
Hの彼女(元)「なるほどね」
――そして俺は、このことをきっかけにHの元彼女と付き合うようになる。
半年後のことだ。
既にお気づきの方もいると思うが、Hに手紙を出したのは俺である。
俺はHが評判の美人を彼女にしているのが気に入らなかった。
そこでHが話す家族の話から被差別部落につながりそうな断片的な情報を集めて手紙を書いたのである。
正直、どれひとつとして被差別部落を特定するものではない。
ただHが差別の問題について無知であるということもわかっていたので、それだけでも充分Hを不安な気持ちに陥れることは簡単だった。
そしてそのことをHの彼女に相談させる。
被差別部落に理解があるどころではない――強い嫌悪感を持つ関西出身の彼女に、だ。
Hは彼女によって家族もろとも人格を全否定され、当然交際にも終止符が打たれるだろう。
さすがに死ぬとまでは想定していなかったが、それ以外はすべては俺の思う通りに運んだ。
もちろん俺は後悔も反省もしていない。
すべてH自身の無知が招いたことである。
自身の出自について疑問があるのなら直接両親に聞けばいいのだし。
部落民に対して理屈抜きに拒絶反応を示す人間が西日本に多いということくらいは、常識として知っておくべきだったろう。
結果としてHは「被差別部落民」だった。
現代において差別され、虐げられ、搾取される「被差別部落民」とは、「愚か者」のことなのだから。
俺とHの通う国立大学は北陸地方にあり、俺は大学のある県の隣の県の出身だ。
俺自身は、学校で同和教育をされたことはなかったが、地元には被差別部落があり、ひと通りの知識は持っていた。
北陸地方というのは関西文化圏の影響が強いため、どうしても噂という形で耳に入るのだ。
Hの出身県にも被差別部落はあり、同和教育という形を取らなくても、それなりの知識は入っていたはずだ。
俺はHの不自然な無知に、彼の家庭内において同和問題が語られることがタブーだったのではないか、あるいは近所の人などがHの家の出自を知っており、あえてその種の話題を避けていたことに原因があるのではないか?と考えた。
つまり差出人不明の手紙の内容が「当たっている」のではないか、と考えたのだ。
Hは怯えているように見えた。
手紙には被差別部落民をルーツに持つ人間がどのように生き辛い状況に置かれるか、いささか時代錯誤的な調子で書かれていた。
就職できない。
結婚できない。
クレジットカードは作れず、部屋を借りようにも不動産屋で門前払いを食わされる。
俺たちは当時大学二年で来年度には就職活動を控え、Hには学部でも評判の美人の彼女がいた。
Hは自身の将来について不安を抱き、怯えていた。
俺「今は二十一世紀だぜ」
俺「現在は差別する側が重大なペナルティを負う時代だ。もし被差別部落出身であることを理由に採用を見送ったとわかったら、コンプライアンスの面で叩かれるのは企業の方である」
俺はそうに語った。
俺「とはいえこれは差別の実態を知らない俺の一般論だ。おまえの彼女に相談してみたらどうだ?」
Hの彼女は関西の出身だった。
同和教育もされているだろうし、俺たちよりは実態を知っているだろうから、そのアドバイスは有益だろう、と俺はHにいった。
Hはその通りだと頷き、一度機会を作って彼女にきちんと話してみるといった。
それからしばらくはアルバイトやレポートなどの雑事にまぎれて俺はHと連絡を取らなかった。
Hについての情報が届いたのは学部の別の友人からだった。
Hがアパートの自室で首を吊って死んでいるところを発見されたというのだ・・・。
遺書はなく、部屋には酒壜が散乱していたことから、泥酔状態で突発的に自殺をしてしまったらしい。
「Hが自殺するなんて信じられない、ありえないよ」と友人はいったが、俺には心当たりがあった。
俺はHの彼女に連絡を取った。
恋人を亡くしたというのに、電話に出た彼女の声にまったく動揺は感じられなかった。
その理由について「あたしたち、別れたからね」と彼女は素っ気ないを通り越して冷淡な口調でいった。
「いつ?」との俺の問いに、一昨日と彼女は答えた。
俺「どうして別れることにしたんだ?」
Hの彼女(元)「あいつ、××じゃん」
Hの元彼女は、部落差別の淵源となった、ある階層の蔑称を使った。
Hの彼女(元)「しかも両親ともにでしょ?今までどのツラ下げてあたしとつきあっていたのか。あたしもなめられたものよ。おまけに、きみは理解があると思うから話したとか勝手なことぬかしてさ。理解ならしてるわよ。××はまともな人生を歩けない。××との結婚なんて、あたしはもちろん、親兄弟親戚が認めるわけがない。××とつきあってたってことだけでも充分汚点なんだからさ」
俺「そのことはHにいったのか?」
Hの彼女(元)「はっきりいわなきゃわかんないでしょ。ああいう連中には」
その結果Hが自殺したことについて罪悪感を感じているか、などという質問をする必要はなかった。
罪悪感など毛ほども感じていないに違いないからだ。
俺「でもきみとHがつきあっていたことはかなりの数の人間が知っている。事情を知らない人間から見ればきみは恋人を突然亡くした悲劇の女性だ。しばらくは殊勝そうな顔をしておく方が無難だと思うが」
Hの彼女(元)「・・・」
電話の向こうから明らかに面倒くさそうな彼女の雰囲気が伝わる。
俺「俺と一緒にいた方がいいと思う」
Hの彼女(元)「なんで」
俺「やり場のない辛い気持ちを、死んだ恋人の友人に慰めてもらっているように見えるだろう?」
Hの彼女(元)「なるほどね」
――そして俺は、このことをきっかけにHの元彼女と付き合うようになる。
半年後のことだ。
既にお気づきの方もいると思うが、Hに手紙を出したのは俺である。
俺はHが評判の美人を彼女にしているのが気に入らなかった。
そこでHが話す家族の話から被差別部落につながりそうな断片的な情報を集めて手紙を書いたのである。
正直、どれひとつとして被差別部落を特定するものではない。
ただHが差別の問題について無知であるということもわかっていたので、それだけでも充分Hを不安な気持ちに陥れることは簡単だった。
そしてそのことをHの彼女に相談させる。
被差別部落に理解があるどころではない――強い嫌悪感を持つ関西出身の彼女に、だ。
Hは彼女によって家族もろとも人格を全否定され、当然交際にも終止符が打たれるだろう。
さすがに死ぬとまでは想定していなかったが、それ以外はすべては俺の思う通りに運んだ。
もちろん俺は後悔も反省もしていない。
すべてH自身の無知が招いたことである。
自身の出自について疑問があるのなら直接両親に聞けばいいのだし。
部落民に対して理屈抜きに拒絶反応を示す人間が西日本に多いということくらいは、常識として知っておくべきだったろう。
結果としてHは「被差別部落民」だった。
現代において差別され、虐げられ、搾取される「被差別部落民」とは、「愚か者」のことなのだから。
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