小学生の頃、私の町で「ピアノおじさん」が有名になったことがある。
ピアノおじさんといっても、ピアノを弾く男のことではなく、いつもピアノ線を持っているおじさんのことを小学生がそう名付けただけだった。
いっつも腕にピアノ線をグルグルに巻いているおじさんで、下校中にすれ違うと黙って会釈をしてくれる、ちょっと変わったおじさんという感じだった。
しかし、子供達の間ではある噂がまことしやかに流れていた。
「あのおじさんはピアノ線で子供を殺して回っている」という噂。
私は本気にはしていなかったけど、それでもやはりどこか不気味な雰囲気の漂うおじさんとは距離を取っていた。
ピアノおじさんといっても、ピアノを弾く男のことではなく、いつもピアノ線を持っているおじさんのことを小学生がそう名付けただけだった。
いっつも腕にピアノ線をグルグルに巻いているおじさんで、下校中にすれ違うと黙って会釈をしてくれる、ちょっと変わったおじさんという感じだった。
しかし、子供達の間ではある噂がまことしやかに流れていた。
「あのおじさんはピアノ線で子供を殺して回っている」という噂。
私は本気にはしていなかったけど、それでもやはりどこか不気味な雰囲気の漂うおじさんとは距離を取っていた。
小学6年生の時、夏休みの直前くらいに季節外れの転校生がやってきた。
名前は芽衣子ちゃん。
明るく快活な子で、当時席が隣だった私はすぐに打ち解け一緒に遊ぶようになった。
そして夏休みが始まり、二人で連れ立って夏祭りに遊びに行くことになった。
私は浴衣姿、芽衣子ちゃんはTシャツ半ズボンで、二人ではしゃぎながら縁日屋台を廻る。
ひととおり祭を楽しんだ後、友達と綿菓子などを食べながら夜の帰り道を歩いていた。
と、向こうからフラフラとした人影が近づいてくる。
ピアノおじさんだった。
私は「嫌だなぁ」と思いながら、顔を俯けて「黙って会釈して通り過ぎちゃおう」と考えていた。
一方で、芽衣子ちゃんはおじさんを遠目に見ながらクスクスと笑っている。
芽衣子ちゃん「何あの人、酔っ払い?」
そうだ、芽衣子ちゃんは転校してきたばかりでピアノおじさんのことを知らないのだ。
私はこっそり芽衣子ちゃんに教えようかとも思ったが、おじさんとの距離も近くなり、今更何か言うのも・・・と思ってさっさとすれ違おうとした。
おじさんが私たちの横を通り過ぎた時、芽衣子ちゃんがボソッと「変なおじさん」と嘲笑混じりに呟いた。
私はハッと思って顔を上げたが、おじさんは私たちを素通りした後相変わらずフラフラと歩いて離れて行った。
私たちから離れていく影を見ながら、芽衣子ちゃんは「何あれ、変なの。何か手に巻いてた」とケタケタ笑っている。
私が軽く注意しようと口を開いた時、芽衣子ちゃんが自分の腕をこすり始めた。
芽衣子ちゃん「・・・?何、なんか、巻き付いてる」
私「え?」
私は困惑した。
何も巻き付いていない。
そんなものは見えない。
それは芽衣子ちゃんも同様のようだった。
芽衣子ちゃん「おかしいなぁ、何か糸みたいなのが巻き付いてる気がする。なんでだろ?」
クモの糸か何かだろうか、と私が首を傾げていると、芽衣子ちゃんがガシガシとこすり始めた。
その時!!
ギシッ!!!
見た。
確かに、芽衣子ちゃんの日焼け腕に、太い糸を押し当てたような赤いアザが浮かぶのを。
次の瞬間、ズリュッ!!!っと、見えない糸が深く食い込み、腕に赤い断層が出来た。
呆気にとられる私たち。
「ヒッ」という小さな悲鳴が芽衣子ちゃんから漏れた瞬間、べりべりべりべりッ!と、勢いよく芽衣子ちゃんの腕の皮膚がめくれ上がった。
いや、正確には剥がされたように見えた。
芽衣子ちゃんの絶叫が響いた!!
私は恐怖でガタガタと震えながら、その場にへたり込んで、悲鳴を聴き付けた大人が集まり、芽衣子ちゃんはすぐに病院に運ばれた。
私も半ば気を失いながら、自宅へと送り届けられた。
一緒にいた私は警察から事情聴取を受けることになったが、「見えない糸に皮を剥された」という話をしても、警察は困ったような顔で私を見るばかりであった。
私もそれ以上説明のしようがなく、途方に暮れた。
直前にすれ違ったピアノおじさんのことも話し、実際に警察もおじさんを捜査したようだが、これといって犯人だと決定づける証拠は挙がらなかったようだ。
しかし、私はそれからおじさんを見かけても逃げるようになったのは言うまでもない。
やがて、芽衣子ちゃんは退院し学校に復帰した。
腕には大きな傷跡が残り、服は長袖を着て、外で遊ぶことも少なくなって、以前のような活発な芽衣子ちゃんはいなくなってしまった。
私との会話も減り、自然とお互いに距離を取るようになってしまった。
3学期が始まってしばらくした頃、芽衣子ちゃんは学校に来なくなってしまった。
といっても、不登校といったことでもなく、転校ということでもなかった。
一家心中・・・。
担任の先生は沈痛な面持ちでそう説明した。
芽衣子ちゃんとその両親が、家で首を吊って無くなっていたというのだ。
しかし、世間の人間は不思議がった。
芽衣子ちゃんの一家は特に貧乏ではなくむしろ裕福な家庭だし、借金があったという話も聞かない。
それが急に一家心中とは考えにくい、と。
警察は殺人も視野に入れて捜査したそうだが、一応自殺ということで片が付いたそうだ。
しかし、私は自殺ではないと思う。
事件の概要をネットで検索するたびに、そう思うのだ。
『N県S市の閑静な住宅街で、Rさん一家が首を吊ってしんでいるのを近所の人間が発見した。自殺に使われたピアノ線は・・・』
名前は芽衣子ちゃん。
明るく快活な子で、当時席が隣だった私はすぐに打ち解け一緒に遊ぶようになった。
そして夏休みが始まり、二人で連れ立って夏祭りに遊びに行くことになった。
私は浴衣姿、芽衣子ちゃんはTシャツ半ズボンで、二人ではしゃぎながら縁日屋台を廻る。
ひととおり祭を楽しんだ後、友達と綿菓子などを食べながら夜の帰り道を歩いていた。
と、向こうからフラフラとした人影が近づいてくる。
ピアノおじさんだった。
私は「嫌だなぁ」と思いながら、顔を俯けて「黙って会釈して通り過ぎちゃおう」と考えていた。
一方で、芽衣子ちゃんはおじさんを遠目に見ながらクスクスと笑っている。
芽衣子ちゃん「何あの人、酔っ払い?」
そうだ、芽衣子ちゃんは転校してきたばかりでピアノおじさんのことを知らないのだ。
私はこっそり芽衣子ちゃんに教えようかとも思ったが、おじさんとの距離も近くなり、今更何か言うのも・・・と思ってさっさとすれ違おうとした。
おじさんが私たちの横を通り過ぎた時、芽衣子ちゃんがボソッと「変なおじさん」と嘲笑混じりに呟いた。
私はハッと思って顔を上げたが、おじさんは私たちを素通りした後相変わらずフラフラと歩いて離れて行った。
私たちから離れていく影を見ながら、芽衣子ちゃんは「何あれ、変なの。何か手に巻いてた」とケタケタ笑っている。
私が軽く注意しようと口を開いた時、芽衣子ちゃんが自分の腕をこすり始めた。
芽衣子ちゃん「・・・?何、なんか、巻き付いてる」
私「え?」
私は困惑した。
何も巻き付いていない。
そんなものは見えない。
それは芽衣子ちゃんも同様のようだった。
芽衣子ちゃん「おかしいなぁ、何か糸みたいなのが巻き付いてる気がする。なんでだろ?」
クモの糸か何かだろうか、と私が首を傾げていると、芽衣子ちゃんがガシガシとこすり始めた。
その時!!
ギシッ!!!
見た。
確かに、芽衣子ちゃんの日焼け腕に、太い糸を押し当てたような赤いアザが浮かぶのを。
次の瞬間、ズリュッ!!!っと、見えない糸が深く食い込み、腕に赤い断層が出来た。
呆気にとられる私たち。
「ヒッ」という小さな悲鳴が芽衣子ちゃんから漏れた瞬間、べりべりべりべりッ!と、勢いよく芽衣子ちゃんの腕の皮膚がめくれ上がった。
いや、正確には剥がされたように見えた。
芽衣子ちゃんの絶叫が響いた!!
私は恐怖でガタガタと震えながら、その場にへたり込んで、悲鳴を聴き付けた大人が集まり、芽衣子ちゃんはすぐに病院に運ばれた。
私も半ば気を失いながら、自宅へと送り届けられた。
一緒にいた私は警察から事情聴取を受けることになったが、「見えない糸に皮を剥された」という話をしても、警察は困ったような顔で私を見るばかりであった。
私もそれ以上説明のしようがなく、途方に暮れた。
直前にすれ違ったピアノおじさんのことも話し、実際に警察もおじさんを捜査したようだが、これといって犯人だと決定づける証拠は挙がらなかったようだ。
しかし、私はそれからおじさんを見かけても逃げるようになったのは言うまでもない。
やがて、芽衣子ちゃんは退院し学校に復帰した。
腕には大きな傷跡が残り、服は長袖を着て、外で遊ぶことも少なくなって、以前のような活発な芽衣子ちゃんはいなくなってしまった。
私との会話も減り、自然とお互いに距離を取るようになってしまった。
3学期が始まってしばらくした頃、芽衣子ちゃんは学校に来なくなってしまった。
といっても、不登校といったことでもなく、転校ということでもなかった。
一家心中・・・。
担任の先生は沈痛な面持ちでそう説明した。
芽衣子ちゃんとその両親が、家で首を吊って無くなっていたというのだ。
しかし、世間の人間は不思議がった。
芽衣子ちゃんの一家は特に貧乏ではなくむしろ裕福な家庭だし、借金があったという話も聞かない。
それが急に一家心中とは考えにくい、と。
警察は殺人も視野に入れて捜査したそうだが、一応自殺ということで片が付いたそうだ。
しかし、私は自殺ではないと思う。
事件の概要をネットで検索するたびに、そう思うのだ。
『N県S市の閑静な住宅街で、Rさん一家が首を吊ってしんでいるのを近所の人間が発見した。自殺に使われたピアノ線は・・・』
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