実家は長野県なんだが、結構な田舎。
もともとから住んでる本家筋の集落の周りに、その分家とかが家を建てて段々集落が広がっていった土地、って言えばイメージつくかな。
本家筋の集落は建物も古くてなかなか風情があるんだが、しばらく行くと建売住宅ばかりになって、結構そのあたりの落差が激しい。

本家の辺りは市会議員やらそれなりの農地を持ってるのやら、まあ「田舎の権力のありそうな人」が多かったね。
とはいえ自分の親父は三男だったので、本家にはちょくちょく遊びにいく程度だった。
俺自身も三男で「三男の三男」なんて、孫がやたらいる爺ちゃんにはどうでもよさそうな感じだったしね。

それはさておき、俺が小学生とき本家集落にあった道祖神を動かすことになった。
道祖神ってのは、長野県だと道端にふと見たりするんだが、物体としてのイメージはお地蔵さんに近いのかな。
道端にたたずんでいる、そんな感じ。
宗教的な意味は全然違うんだろうけど。

本家集落の中で建て替える家があって、その工事のために邪魔だからというのが移動の理由。
ところがその道祖神が移されたのが、本家集落から西に離れたところでお墓の隣。
全然脈略がない。
当時子ども会で道祖神に色を塗る(何でそんなことをするのか自分も知らん)行事があったんだが、道祖神の位置の変え方に、他に移す土地がないからテキトーにここにしました感がガキの俺にも分かった。

当時親父が「位置変えていいのかなー」と呟いてたのを覚えてる。

そして「工事に邪魔ならしょうがないけど、元の位置に戻さないとか大丈夫かね」って。

とはいえ、本家筋の連中が同意したのなら口出しもできなかったらしい。
うちの本家を取り仕切ってた伯父さんも、この手のことに興味なさそうな人だったし。

そのしばらく後、本家集落の一番東にある家の跡取り息子が自殺した。
農薬を飲んだと聞いた。
田舎なんで人が自殺するなんてとんでもない大事件で、当時あの近辺がやたら騒がしかった記憶がある。
本家筋はやたら豪華な葬式をするのに、この葬式だけはひっそりとやられた。

ここまでくると、やれ自殺や不審死が続いた、道祖神が怒ったからだ、というような話を期待するかもしれないが、さすがにそんなことは起こらなかった。
ただ本家集落のどの家も跡取りが家を継いでいない。
どの家も跡取りになるような世代はいるんだが、みんな外に出てたり病気で死んじゃってたり。
自分の従兄も県外に就職して、祖父母が死に先日伯父が死に本家は伯母だけになってしまった。

自分はずっと道祖神は“旅の安全を見守る神様”って思っていたのね。
学校でもそんな風に教わった記憶がある。
だけど大学に入って、ふらっと一般教養で受けた宗教学の先生が言ってたのが・・・。

「道祖神は村とか集落の境に、外側を向いて建てられていることが多いです。村の外からの害悪から守ってくれるんですよね。そういう意味もあるんです」

もともとあの集落にあった道祖神は、確かに集落の北東側の家の東端に、北東を向いて建っていた。
集落の横を通り過ぎる旅人の安全だって思ってたわけだが、はて・・・と、大学時代の自分は思って、ずっと今でも考えたりするが、さすがに親父に「こんな可能性もあるんじゃ」と言う気にはなれない。

本家集落の周りには、本家の次男・三男が建てた家が広がっている。
最近は新しい住民も増えてきて「お前が出た小学校もクラス増えたよー」と母が言っていた。
だがそんな中でも本家集落だけは、鬱蒼とした古い建物に囲まれてひっそりと、ただ老いるのを待っているだけに見えて、帰省して伯母に挨拶に行くたびに不思議な感覚になる。