知り合いの話。

彼女が夏祭りに出かけたある夜のこと。
屋台を冷やかしていると「ママ」と呼ぶ声が耳に届いた。
娘の声だ。
彼女を呼んでいる。

慌てて姿を探すも、人混みのどこにも見つからない。
人がいない寂しい方へ進む内に、友人たちと出会う。

「娘を探しているの!探すの手伝って!」とパニックになりながら伝えると、不思議そうな顔で聞き返された。

友人「誰の娘のこと?あなた、まだ結婚していなかったよね?」

そこで我に返る。
自分には彼氏も旦那もいない。
未婚だし、子供など当然産んだこともない。
そもそも、誰と一緒に祭りへ来たのか、それさえも思い出せない。

別のパニックに襲われた彼女を見て、友人たちは只事ではないと感じたらしい。
彼女を落ち着かせようとする者、彼女の家へ連絡する者に別れ、場は騒然とした。

皆に送られて家へ帰ったのだが、そこで母親から奇妙なことを聞かされた。

母親「あれ貴女、一緒に出かけた男性と女の子はどうしたの?え、誰のことかって?家の前を三人で並んで歩いていたじゃない。“知り合いなの?”って声をかけても振り返らないから、そっとしといたんだけど」

すると父親がこれまたおかしなことを言う。

父親「わしが車で帰ってきた時、お前と擦れ違ったんだが、気がつかなかったみたいだな。でもお前、どう見ても一人だったんだが」

家族間で言い争いになりかけたが、友人たちが取りなしてくれてその場は治まった。

その後は、特におかしなことも起こっていないそうだ。
しかし、今でも気になって仕方がないのだという。

あれは一体、誰の声だったのか。
彼女はあれ以来、夏祭りがどうにも恐ろしく感じられるのだといっていた。