『笑顔』

医療とは生と死の狭間。
とりわけ病院にまつわる怪異の数は知れず。
このお話は残念ながら病院が舞台ではございません。
病院の傍に佇む、町の薬局にて起きた出来事にございます。

薬局に勤務する薬剤師のUさん。
来局する患者さんも落ち着き、子供たちが読んでいた絵本を片付けていた時のことでした。
パタパタ、と足音に気付いたUさん。
目を遣ると、そこには見知った女の子がジッ、と絵本の棚を見つめておりました。

数日前に来局し、感冒症状の薬が処方された女の子。
確か、薬局に置いてある迷路の本を気に入って、手放そうとせずにお母さんを困らせた子です。

あ、風邪が治って絵本の続きが気になったのかな?

そう思った彼女は笑顔で件の絵本を手渡しました。
椅子に座って静かに絵本に没頭する女の子。

お母さんは一緒じゃないのかな?

そう気にはなりましたが、患者さんが来局したので彼女は仕事に戻ったそうでございます。

患者さんに薬を渡した時。
ふと、女の子の傍らに初老の男の人が立っているのに気付きました。
目を細めてニコニコと女の子を見ている男性。
―――そうか、今日はお爺ちゃんと一緒なのね。
そうこうしている内に絵本を読み終えたのでしょう。
女の子はちらりとUさんを一瞥すると、外へ駆け出して行きました。

それから数日後。
そろそろ辺りが暗くなり、閉局の時間に差し掛かった頃。
1人の患者さんが来局いたしました。

入院してしばらくお会いしていなかったお婆ちゃん。
いつも取り留めの無い話をしては笑っているような常連さんです。
恐らく退院されたのでしょう。

スッとカウンターまで歩いて来ると、Uさんの方をじっと見つめます。
まだ体調が優れないのかな。

そう感じたUさんは、「お加減はどうです?」「近所の◯◯のお婆ちゃんも寂しがっていましたよ?」などと気さくに声をかけますが、何も答えてくれません。

単に無表情でUさんをじっと見つめるだけ。
その背後を見て、Uさんはギョッとしました。

いつの間にそこに居たのでしょうか?
若い男性がお婆さんの背後で目を細め、笑顔を浮かべておりました。
不自然に白い歯を見せ、ニタニタと。

介護士かな?

何とか驚きを隠しながらも、「あのー・・・今日は処方箋は?」そう問いかけたと同時に、お婆ちゃんは寂しそうに出口に向かって行きました。

そして去り際に、「貴女なら、助けてくれると思ったんだけどねえ」

それだけを呟き、お婆ちゃんの姿は見えなくなりました。

その背後には、相変わらずニタニタ笑いの男を伴って。
何か不自然なものを感じたものの、顔見知りの患者さんが退院して嬉しかったのでしょう。
Uさんは薬局の奥にいる年配の薬剤師に、「さっき××さんの家のお婆ちゃんが見えましたよ。退院できたみたいで安心しました」

年配の薬剤師「××さんって、あの?いやいやいや!」

年配の薬剤師もそのお婆ちゃんと顔馴染みだった筈ですが・・・どうも様子がおかしい。

首を傾げるUさんに、年配の薬剤師は今日の新聞を渡しました。

ほら、ここ・・・。
そう言って指差した先には通夜・お葬式の案内。
そこにハッキリと件のお婆さんの名前。

年配の薬剤師「Uちゃん、××さんの話、よく親身になって聞いてあげてたからねえ。きっとお別れが言いたかったんだよ」

そうしんみりと年配の薬剤師に言われましたが、どう考えてもお別れとは別の意味を持った最後の言葉が、頭から離れなかったそうでございます。

それからしばらくして。
いつものように絵本を整頓していた時のことでした。
Uさんの手が、ふと迷路の絵本に触れました。

あの女の子が読んでいた絵本だ。
何気なく手に取ってページを捲っていると、「ひぃッ!?」と、Uさんは悲鳴ともつかない声をあげました。

迷路の絵本の最後のページ。
そこには爪で何度も引っ掻いたような文字でこう、削られておりました。

おねえさん

たすけて

後に彼女が聞いた話では、その女の子は既に亡くなっていたのだそうで。
それも、あの絵本を読みに来た前日のことだったそうでございます。

果たして、あのニタニタと笑う者たちは何だったのでしょう。
女の子とお婆さんは何から助けて欲しかったでしょうか?

皆様もお知り合いにお会いする際にはお気を付けくださいまし。
もし、その傍らに目を細めてニタニタと笑う誰かが見えたとしたら・・・。
そのお知り合いは既に、この世の者ではないかもしれません。
そして、あなたに何某かの助けを求めているのかもしれませんよ?