俺の地元はかなりのド田舎で、一つの学校の学区が広い割には子供が少なく、1学年1クラスしかなかった。
中でも俺のクラスは特に少なく、全員で12人しかいない。
保育園から全員ずっと一緒で、男女関係なくみんな仲が良かった。

その中にA子という女がいた。
A子は低学年の頃から、病気で学校を休んで病院に行くことがよくあった。
隣の県の大きい病院に行くためとかで、半日休んで昼からとか、丸一日とか、色々だった。
朝からいなくても、今日は病院か・・・と自然に判断するほど当たり前のことだった。

小学5年生の頃の話。
朝の会(出席取ったり一日の予定を確認したりする)が始まる前に、教室の前の廊下で先生とA子が何か話しているようだった。
といってもすぐ話は終わったようで、中に入りいつものように先生が名前を読み上げながら出席を取った。

特に普段と代わり映えしない一日だった気がする。

1,2時間目までの授業が終わって一旦長い休憩を挟んでから3,4時間目の授業が終わって給食の時間。
給食当番が準備するのを友達と話しながら待っていると、ランドセルを背負ったA子が教室の引き戸のガラス越しに見えた。

なんであいつランドセル背負ってんだ・・・?と思ったのは俺だけじゃなかったはず。
朝と同じように廊下で先生と何か話していた。早引きでもするのかと思った。

「ご飯は食べてきました・・・」と言う部分だけ聞こえてきたが、それからすぐ先生が「ちょっとA子さんと話があるから、準備ができたら先生待たずに先にいただきますしてて」と言って、A子と一緒にそそくさとどこかへ行ってしまった。

すぐに副担任が代わりに来てくれて、みんな不思議に思いながらも給食を食べて片付けに入った。

給食が終わればすぐに休憩、体育館へGO!のはずが、戻ってきた担任に「みなさんに話があるので、片付けが終わったらそのまま教室に居るように」と言われた。

ブーイングの嵐だったが、女子の中には「A子ちゃん何かあったのかな・・・」と不安がる奴もいた。

で、担任が朝からの事の始終を説明してくれた。

・前日、A子の親から、病院に行くため明日A子は午前中いっぱい休む旨の連絡を受けた。
・だが、A子が普通に登校していたため話を聞くと、病院に行くのは中止になったとのこと
・給食前にA子がランドセルを背負っているところを教室前で見かけたので声をかけると、病院から今帰ってきたところで、すでに昼食は食べてきた、と聞いた。
・驚いたが、みんながパニックを起こさないように、とりあえず今日の授業の復習の名目で、副担任に別教室で対応してもらっている。

みんな最初は頭に?が浮かんでいるようだったが、意味を理解すると予想通りパニックになった。
泣き出す女子、マジかよ、と無駄にテンションの上がる男子。(俺もそのうちの一人)

つまりは、朝から4時間目が終わるまで狭い教室、少ない人数の中で一緒に過ごしていたのはA子ではなく、“A子の姿をした何か”だった。

「落ち着いて」となだめる担任も少し声が震えていた気がする。
かなり動揺していたのかもしれない。
担任も少ない人数の中で誤魔化すのは無理だろうと踏んで、説明した上で俺たちにお願いをしてきた。

担任「これをA子ちゃんが知れば、きっと私たちよりももっとびっくりしてしまう。だからこのことはA子ちゃんには絶対に内緒にしてほしい」

それはそうだ、と全員納得したようだ。
知って一番怖いのは本人なんだ。
少し考えればわかる。
みんなだまって頷いた。

それから、「A子ちゃんを連れてくる。みんなよろしくね」と言って、また担任が出て行ってしまった。

担任とA子が戻ってくるまで、その“A子の姿をした何か”についてみんなで少し話した。
女子に聞けば、普段より口数は少なかったが特に違和感はなかったと言う。
俺自身も大してA子に違和感は感じていなかった。

しかし、その日A子と面と向かって話をした奴はいなかった。

気づけばA子のランドセルも教科書もあったはずの場所になかった。
本物は今別の教室のA子の元にあるのだから、当然と言えば当然なのだが。

また、A子にはこれまでもそういったことが何回かあった、と言う話がボロボロ出てきた。
俺にも経験があった。

ある日の掃除時間が終わった頃、教室に戻ろうと2階への階段を昇っているところでA子とすれ違った。

目の前が職員室なのでそっちに用事でもあるのか、と思い気にも留めなかったが、教室に入ろうとしたところでA子とぶつかった。

「ごめん、ってあれ?」と言いかけたが、勘違いかと思い直してこのことは胸に閉まっていた。

全員似たような経験があったようだが、同じく勘違いで処理していた。
が、今回の出来事で確信したようだ。
だから(と言うにはみんな最初のパニくりようが半端じゃなかったが)、数分で落ち着きを取り戻すことができた。
担任もこの状況をすぐに理解し適切な判断が取れたのは、きっと俺たちと一緒で、過去に何か思い当たる体験があったからなのかもしれない。

それからは暗黙の了解で、その件には一切触れないようになった。
無かったことになった。
みんなもそうしたかったのかもしれない。
それからは“A子の姿をした何か”を見たことは無かったし話も聞かなかった

当時、とある奇跡体験の番組で『ドッペルゲンガー』の特集をしていたことを思い出していた。

そこでは、病気を患っている人間に現れやすい、自分自身が会ってしまうと死が近い、なんて説明されていたので、A子のことをかなり心配していた。

が、これは杞憂だったようで、6年生の頃にはもう病気も全快して病院に行かなくてもよくなった。

それからも特に何事もなく同じ中学、高校を卒業して県外に進学していった。

特にオチらしいオチもない、実際にあった怖い話なんて大抵そんなものな気もする。
正体も分からずすっきりはしないが、大事にならなかったのならそれでいいんだろう。
たぶん。