山口県の徳山市。

現在は周南市となっているが、その沖に船で二十分ほど走ったところに、大津島という人間魚雷回天の基地がある。
その基地の脇へ瀬渡し船で渡して貰い、久しぶりに一人でアジの夜釣りをしようと思った。

その日は暗闇の大潮で入れ食い状態だった。
たぶん、2時くらいだったか、真剣に浮きを見つめながら次の当たりを待っていた。
するとどこからともなく、テレパシーで脳の奥に話しかけてくる女の人が居た。

「釣れますか?」と・・・。

背後に視線を感じたが、釣る方に夢中で振り返ろうともせず、浮きを見つめていたら、「あのう、何匹か頂けたら嬉しいんですが・・・」と遠慮がちに口篭った。

俺の頭の中にはその女の姿がはっきりと見えたが、釣ることで他の神経が麻痺していたのか怖いとは思わなかった。
俺はクーラーの蓋を開けて、右手で自分の左脇の後ろの岩の上に置いた。

数分後、我に返った俺は、さっき確かに話しかけられたと思い、ぞ~っとして、後ろの岩の上を見ると、確かにさっきアジを置いた岩が濡れていたが、アジは勿論無かった。