昔のことだから記憶が曖昧なところとかは脚色を加えて書いていく。
まあ、話半分に聞いてくれれば。

数年前に工場で勤めていたときの話。
定時退社が当たり前の職場でその日は珍しく仕事が立て込み、機械の調子も悪かった。
どうしても今日中に仕事を終わらせて欲しいと言われ、一人で出来る作業ということもあり部署で唯一独身の俺が残ることに。

作業自体は単純でほとんど機械任せだがいかんせん量が多く、気がついたときには21時を回っていた。
ただの下請け中小企業だったが工場自体はわりと広く、俺が作業していたのが第2作業場(トタンで出来たでかい小屋を想像してもらえれば)。
サンプルを第5作業場まで持って行くのに、真っ直ぐ突っ切っていける第3作業場を通って行くことにした。

先輩から借りていた小型のライトを付けて第3作業場を通り抜ける。
第3作業場の人はとっくに帰宅していて、ペンライト以外の明かりといえば、俺が触ったことのない機械の不規則に点滅するスイッチ、それに工場の垣根(雑草)の奥を走る車のライトがたまに窓から漏れるだけ。
下手したら外の方が明るいんじゃないかと思う暗さと、かすかに聞こえる機械の音が余計に恐怖心を煽っていく。
さっさと通り抜けようと足を早めた時、何かがペンライトの先に動いたような気がした。

一瞬猫か?と思ったが、すぐに考え直した。
大きさが全く違う。
目を凝らせば、ドラム缶によりかかるように何かがうずくまっているようにも見える。
さっさと引き返せば良いのに、出荷する荷物も置いてある場所で何かされてはと、近付いてライトの光を当てた。

少し考えればおかしいことばかりなのに、このときは何も考えてなかった。
人だった。

手も足も土色って言うのか?明らかに変色していて、汚いボロボロの作業服を身につけていた。
下を向いているから顔は見えなかったが、あきらかに生きているとは思えない。
今考えれば引き返すという選択肢もあったのに、その時の俺はいかれてた。
そいつを通り過ぎて第5作業場までいくしかないと思ったんだ。

何もいない、何も見ていないを頭の中で繰り返しながら第5作業場を目指そうとするが、どうしても気になってしまって、通り過ぎる間際そいつに目を向ける。

目が合った。
その瞬間、頭は真っ白になりながらも無我夢中で走った。
ライトも向けてない、距離もギリギリまで離れていたが、目が合ったのがハッキリ分かった。
追いかけてきてることにも。
後ろを振り返る間もなく第5作業場に駆け込んで先輩方に泣きついた。

成人してから人前で泣くことになるとは思わなかった。
サンプルはしっかり手元に残っていたが。

説明するにも何て言ったらいいのか分からず、とりあえずサンプルを渡して帰ろうとしたら先輩に呼び止められ、「今日は会社に泊まっていけ」と言われた。
俺が就職した頃にはもう無くなっていたが夜勤があった名残で、風呂や寝泊まり出来る部屋はちゃんと用意されていたものの、よくわからないものを見た後だったからさすがに断ろうとしたら、「アレを見たんだろ」と。

先輩方も何人か一緒に泊まってくれた。
そのうちの一人の話によれば、この工場ができた当初は半分の大きさで、隣には別の工場があったらしい。
隣の工場は潰れてしまったが、そこを格安で土地を売ってくれることになったそうだ。
その土地にあるのが第3~第5作業場なんだが、なぜか第3作業場にだけ化け物が出るようになったらしい。
夜勤があった時には、ほぼ毎日のように隅のほうでうずくまっていたと。

最初は気味悪がっていたが、何もしないならと放っておいたらしく、化け物にもなれてきた頃、作業員の一人が急に暴れ出した。
やっとのことで取り押さえて、訳を聞こうにも何を言っているのか分からない。
救急車も呼び出してけっこうな騒ぎになったらしい。

体に異常なく、すぐに退院したようなんだが、仕事場に現れなくなり、しばらく経った後に自殺してしまったらしい。

その人と仲が良かった先輩が訪ねても、「見たんだ」としか言わなかったようで、何を見たかも教えてくれなかったようだが、暴れ出した作業員が化け物の方を向いていたこと、そして化け物がその作業員に近づいていたことを何人かは目撃していた。

それから仕事も少なくなり夜勤も無くなってしまったようだが、第3作業場にはいまだにあの化け物がいる。
工場長は知らん顔だが『手当て』はちゃんとくれるんだと、その先輩は答えてくれた。

「見なくて良かったな」

そう言われた言葉の意味を理解出来ないほど俺は馬鹿じゃ無かった。
余談だが、その月の給料は残業『手当て』のおかげでいつもの3倍になっていた。