これは俺の体験の中で最も恐ろしかった話だ。
大学1年の秋頃、俺のオカルト道の師匠はスランプに陥っていた。
やる気がないというか、勘が冴えないというか。
俺が「心霊スポットでも連れて行ってくださいよ~」と言っても上の空で、たまにポケットから1円玉を4枚ほど出したかとおもうと手の甲の上で振って、「駄目。ケが悪い」とかぶつぶつ言っては寝転がる始末だった。
それがある時、急に「手相を見せろ」と手を掴んできた。
師匠「こりゃ悪い。悪すぎて僕にはわかんない。気になるよね?ね?」
勝手なことを言えるものだ。
師匠「じゃ、行こう行こう」
大学1年の秋頃、俺のオカルト道の師匠はスランプに陥っていた。
やる気がないというか、勘が冴えないというか。
俺が「心霊スポットでも連れて行ってくださいよ~」と言っても上の空で、たまにポケットから1円玉を4枚ほど出したかとおもうと手の甲の上で振って、「駄目。ケが悪い」とかぶつぶつ言っては寝転がる始末だった。
それがある時、急に「手相を見せろ」と手を掴んできた。
師匠「こりゃ悪い。悪すぎて僕にはわかんない。気になるよね?ね?」
勝手なことを言えるものだ。
師匠「じゃ、行こう行こう」
無理やりだったが、師匠のやる気が出るのは嬉しかった。
どこに行くとは言ってくれなかったが、俺は師匠に付いて電車に乗った。
着いたのは隣の県の中核都市の駅だった。
駅を出て、駅前のアーケード街をずんずん歩いて行った。
商店街の一画に、『手相』という手書きの紙を台の上に乗せて座っているおじさんがいた。
師匠は親しげに話しかけ、「僕の親戚」だという。
宗芳と名乗った手相見師は、「あれを見に来たな」と言うと不機嫌そうな顔をしていた。
宗芳さんは地元では名の売れた人で、浅野八郎の系列ということだった。
俺はよくわからないままとりあえず手相を見てもらったが、女難の相が出てること以外は特に悪いことも言われなかった。
金星環という人差し指と中指の間から小指まで伸びる半円が、強く出ていると言われたのが嬉しかった。
芸術家の相だそうな。
「先輩は見てもらわないんですか?」と言うと、宗芳さんは師匠を睨んで「見んでもわかる。死相が出とる」。
師匠は「へへへ」と笑うだけだった。
夜の店じまいまできっかり待たされて、宗芳さんの家に連れて行ってもらった。
大きな日本家屋だった。
手相見師は道楽らしかった。
晩御飯のご相伴にあずかり、泊まって行けと言うので俺は風呂を借りた。
風呂から出ると、師匠がやってきて「一緒に来い」と言う。
敷地の裏手にあった土蔵に向かうと、宗芳さんが待っていた。
師匠「確かにお前には見る権利があるが、感心せんな」
師匠は「硬いことを言うなよ」と、土蔵の中へ入って行った。
土蔵の奥に下へ続く梯子のような階段があり、俺たちはそれを降りた。
今回の師匠の目的らしい。
俺はドキドキした。
師匠の目が輝いているからだ。
こういう時はヤバイものに必ず出会う。
思ったより長く、まるまる地下二階くらいまで降りた先には、畳敷きの地下室があった。
黄色いランプ灯が天井に掛かっている。
六畳くらいの広さに壁は土が剥き出しで、畳もすぐ下は土のようだった。
もともとは自家製の防空壕だったとあとで教わった。
部屋の隅に異様なものがあった。
それは巨大な壷だった。
俺の胸ほどの高さに抱えきれない横幅。
しかも見なれた磁器や陶器でなく、縄目がついた素焼きの壷だ。
俺「これって、縄文土器じゃないんスか?」
宗芳さんが首を振った。
宗芳さん「いや、弥生式だな。穀物を貯蔵するための器だ」
そんなものが何でここにあるんだ?と当然思った。
師匠は壷に近づくと、まじまじと眺めはじめた。
宗芳さん「これはあれの祖父がな、戦時中のどさくさでくすねてきたものだ」
宗芳さんは俺でも知っている遺跡の名前をあげた。
その時、師匠が口を開いた。
師匠「これが穀物を貯蔵してたって?」
笑ってるようだ。
黄色い灯りの下でさえ、壷は生気がないような暗い色をしていた。
宗芳さんが唸った。
宗芳さん「あれの祖父はな、この壷は人骨を納めていたという」
宗芳さん「見えると言うんだ。壷の口から覗くと、死者の顔が」
俺は震えた。
秋とはいえまだ初秋だ。肌寒さには遠いはずが、寒気に襲われた。
宗芳さん「ときに壷から死者が這い上がって来るという。死者は部屋に満ち、土蔵に満ち、外から閂をかけると、町中に響く声で泣くのだという」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
くらくらする。
頭の中を蝿の群れが飛び回っているようだ。
鼻をつく饐えた匂いが漂い始めた。
まずい。
この壷はまずい。
霊体験はこれでもかなりしてきた。
その経験がいう。
師匠は壷の口を覗き込んでいた。
師匠「来たよ。這いあがって来てる。這いあがれ。這いあがれ」
目が爛々と輝いている。
耳鳴りだ。
蝿の群れのような。
今までにないほどの凄まじい耳鳴りがしている。
バチンと音がして灯りが消えた。
消える瞬間に、青白い燐が壷から立つのが確かに見えた。
宗芳さん「いかん、外に出るぞ」
宗芳さんが慌てて言った。
師匠「見ろよ!こいつらは2千年経ってもまだこの中にいるんだよ!」
宗芳さんは喚く師匠を抱えた。
師匠「こいつら人を食ってやがったんだ!これが僕らの原罪だ!」
俺は腰が抜けたようだった。
師匠「ここに来い。僕の弟子なら見ろ。覗き込め。この闇を見ろ。此岸の闇は底無しだ。あの世なんて救いはないのさ。食人の、共食いの業だ!僕はこれを見るたびに確信する!人間はその本質から、生きる資格のないクソだと!」
俺はめったやたらに梯子を上り逃げた。
宗芳さんは師匠を引っ張り出し土蔵を締めると、「今日はもう寝て明日帰れ」と言った。
その夜、一晩中強い風が吹き俺は耳を塞いで眠った。
その事件のあと、師匠は元気とやる気を取り戻したが、俺は複雑な気持ちになった。
どこに行くとは言ってくれなかったが、俺は師匠に付いて電車に乗った。
着いたのは隣の県の中核都市の駅だった。
駅を出て、駅前のアーケード街をずんずん歩いて行った。
商店街の一画に、『手相』という手書きの紙を台の上に乗せて座っているおじさんがいた。
師匠は親しげに話しかけ、「僕の親戚」だという。
宗芳と名乗った手相見師は、「あれを見に来たな」と言うと不機嫌そうな顔をしていた。
宗芳さんは地元では名の売れた人で、浅野八郎の系列ということだった。
俺はよくわからないままとりあえず手相を見てもらったが、女難の相が出てること以外は特に悪いことも言われなかった。
金星環という人差し指と中指の間から小指まで伸びる半円が、強く出ていると言われたのが嬉しかった。
芸術家の相だそうな。
「先輩は見てもらわないんですか?」と言うと、宗芳さんは師匠を睨んで「見んでもわかる。死相が出とる」。
師匠は「へへへ」と笑うだけだった。
夜の店じまいまできっかり待たされて、宗芳さんの家に連れて行ってもらった。
大きな日本家屋だった。
手相見師は道楽らしかった。
晩御飯のご相伴にあずかり、泊まって行けと言うので俺は風呂を借りた。
風呂から出ると、師匠がやってきて「一緒に来い」と言う。
敷地の裏手にあった土蔵に向かうと、宗芳さんが待っていた。
師匠「確かにお前には見る権利があるが、感心せんな」
師匠は「硬いことを言うなよ」と、土蔵の中へ入って行った。
土蔵の奥に下へ続く梯子のような階段があり、俺たちはそれを降りた。
今回の師匠の目的らしい。
俺はドキドキした。
師匠の目が輝いているからだ。
こういう時はヤバイものに必ず出会う。
思ったより長く、まるまる地下二階くらいまで降りた先には、畳敷きの地下室があった。
黄色いランプ灯が天井に掛かっている。
六畳くらいの広さに壁は土が剥き出しで、畳もすぐ下は土のようだった。
もともとは自家製の防空壕だったとあとで教わった。
部屋の隅に異様なものがあった。
それは巨大な壷だった。
俺の胸ほどの高さに抱えきれない横幅。
しかも見なれた磁器や陶器でなく、縄目がついた素焼きの壷だ。
俺「これって、縄文土器じゃないんスか?」
宗芳さんが首を振った。
宗芳さん「いや、弥生式だな。穀物を貯蔵するための器だ」
そんなものが何でここにあるんだ?と当然思った。
師匠は壷に近づくと、まじまじと眺めはじめた。
宗芳さん「これはあれの祖父がな、戦時中のどさくさでくすねてきたものだ」
宗芳さんは俺でも知っている遺跡の名前をあげた。
その時、師匠が口を開いた。
師匠「これが穀物を貯蔵してたって?」
笑ってるようだ。
黄色い灯りの下でさえ、壷は生気がないような暗い色をしていた。
宗芳さんが唸った。
宗芳さん「あれの祖父はな、この壷は人骨を納めていたという」
宗芳さん「見えると言うんだ。壷の口から覗くと、死者の顔が」
俺は震えた。
秋とはいえまだ初秋だ。肌寒さには遠いはずが、寒気に襲われた。
宗芳さん「ときに壷から死者が這い上がって来るという。死者は部屋に満ち、土蔵に満ち、外から閂をかけると、町中に響く声で泣くのだという」
俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
くらくらする。
頭の中を蝿の群れが飛び回っているようだ。
鼻をつく饐えた匂いが漂い始めた。
まずい。
この壷はまずい。
霊体験はこれでもかなりしてきた。
その経験がいう。
師匠は壷の口を覗き込んでいた。
師匠「来たよ。這いあがって来てる。這いあがれ。這いあがれ」
目が爛々と輝いている。
耳鳴りだ。
蝿の群れのような。
今までにないほどの凄まじい耳鳴りがしている。
バチンと音がして灯りが消えた。
消える瞬間に、青白い燐が壷から立つのが確かに見えた。
宗芳さん「いかん、外に出るぞ」
宗芳さんが慌てて言った。
師匠「見ろよ!こいつらは2千年経ってもまだこの中にいるんだよ!」
宗芳さんは喚く師匠を抱えた。
師匠「こいつら人を食ってやがったんだ!これが僕らの原罪だ!」
俺は腰が抜けたようだった。
師匠「ここに来い。僕の弟子なら見ろ。覗き込め。この闇を見ろ。此岸の闇は底無しだ。あの世なんて救いはないのさ。食人の、共食いの業だ!僕はこれを見るたびに確信する!人間はその本質から、生きる資格のないクソだと!」
俺はめったやたらに梯子を上り逃げた。
宗芳さんは師匠を引っ張り出し土蔵を締めると、「今日はもう寝て明日帰れ」と言った。
その夜、一晩中強い風が吹き俺は耳を塞いで眠った。
その事件のあと、師匠は元気とやる気を取り戻したが、俺は複雑な気持ちになった。
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