『耳無し地蔵』と呼ばれる地蔵がある。
名前の通りその地蔵には耳がなく、表面にはびっしりと経が彫られている。
過去にこの地を訪ねた琵琶法師が平家の悪霊に取り憑かれ、寺で魔よけの香料を塗ってもらうのだが、耳だけ塗り忘れた結果悪霊にもがれてしまう・・・。
といった話が地蔵の由来だそうだ。
地元の人間によると、かの有名な耳なし芳一のモデルになった話らしい。
こちらの話では香料を体に塗ったとされているのだが、実際地蔵の表面には経が彫られていて、香料の代わりに彫ったのか、芳一の話に便乗したのかは定かではない。
地蔵は国道沿いに建てられた小さなお堂の下に安置されていて、夜になるといまだに平家の悪霊が琵琶の音を聞きに現れるのだとか。
というわけで、見に行くことにした。
名前の通りその地蔵には耳がなく、表面にはびっしりと経が彫られている。
過去にこの地を訪ねた琵琶法師が平家の悪霊に取り憑かれ、寺で魔よけの香料を塗ってもらうのだが、耳だけ塗り忘れた結果悪霊にもがれてしまう・・・。
といった話が地蔵の由来だそうだ。
地元の人間によると、かの有名な耳なし芳一のモデルになった話らしい。
こちらの話では香料を体に塗ったとされているのだが、実際地蔵の表面には経が彫られていて、香料の代わりに彫ったのか、芳一の話に便乗したのかは定かではない。
地蔵は国道沿いに建てられた小さなお堂の下に安置されていて、夜になるといまだに平家の悪霊が琵琶の音を聞きに現れるのだとか。
というわけで、見に行くことにした。
その日一日の大学の講義を終え夕食も済まし陽もとっぷり暮れた頃、一人カブに跨って根城であるぼろアパートを出発した。
目的の国道に出てそこから西へ一時間ほど。
いくつか町を通り過ぎ、とある町外れ、川を跨ぐ橋を渡った先に目的のお堂が見えた。
山に上がる脇道の起点に小さな広場があって、その隅に人の背丈くらいのお堂が建っている。
この辺りの道は何度も通ったことがあるが、妙な地蔵があると知ったのはつい最近のことだ。
耳なし地蔵はお堂の下にぽつりと安置されていた。
ライトで照らしてみると、確かに地蔵には耳がない。
最初から無かったというよりはいったん作った後にそぎ落としたような。
その辺りも元の話を再現しているのだろうか。
袈裟は着ておらず前掛けや頭巾もない。裸の上にびっしりと経が彫られている。
地蔵の台座には平べったい穴の開いた石が何個も供えられていて糸で纏められている。
参拝客が置いていったのだろう。
なんでも、この地蔵に穴の開いた石を供えると願いが叶うそうだ。
お堂の傍には立て看板があり、耳なし地蔵の由来が説明されている。
それによれば香料と経の違いのほかにも、芳一は耳を取られたものの生きていたが、この名もなき琵琶法師は耳を取られた後すぐに亡くなってしまったそうだ。
辺りには琵琶の音を聞きに来た平家の悪霊の魂が飛び交っている、といったことは、ない。
「♪~♪~」
悪霊は琵琶の音を聞きに来ているとのことだったので、琵琶の代わりに口笛など吹いてみる。
駄目でもともとの精神だが、夜に口笛を吹くと悪いモノが寄ってくるという言い伝えもあることだ。
曲は適当に最近の流行りからチョイスした。
夜の国道に口笛の音が響く。サビの部分で大きな音を立てながら大型トラックが走り抜けていった。
辺りには何の変化もない。当たり前の話だが素人の口笛程度では駄目のようだ。
だったら、とバッグから穴の開いた石を取り出す。今日のために適当な石を見繕って穴を開けておいたのだ。
音楽で寄ってこないのなら地蔵に直接願って呼び出してもらおうという寸法だ。
台座に石を置こうとして、ふと手が止まった。
「・・・あ、耳か」
思わず呟きが口をついて出る。
事前に調べたときも、立札の説明にもなかったので思い至らなかった。
なぜ穴の開いた石を供えると願いが叶うのか。
不思議ではあったのだが、ここに来て地蔵に供えられたたくさんの石を見てようやく気が付いた。
穴の開いた石は、耳だった。
耳をもがれた地蔵に耳を供えているのだ。
しまったな、と思う。
供え物が耳だとしたら、左右で二つ用意したほうが良かっただろうか。
しかし今は片方しか持っていないのだから仕方がない。
それにただの偶然だが、自分が持ってきた石は形といい大きさと言い地蔵の耳にぴったりだった。
一つでも満足してくれるだろう。
台座に石を供え、手を合わせ、乞う。
悪霊でも何でもいいので出てきてくれないだろうか。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
または何も出ないか。
今までの経験からすれば何も出ないのが当たり前なのだろうが、それを受け入れているならそもそも夜中にこんな所まで来やしない。
ふと、すぐ傍で何かの気配を感じた。
何かが地面を這いずっているような。
嫌な予感と共に、うなじの辺りにぴりっと電気のようなものが走った。
ライトの光と視線をそちらに向ける。
蛇だった。
蛇が出た。
しかも小さいが頭の形からしてマムシだ。
なぜかまっすぐこちらに向かってきている。
長靴でも履いていたら戦ってもいいのだが、あいにく普通の靴だ。
噛まれたら大変なので急いで退散することにする。
確かに何でもいいとは願ったが、それは幽霊や他の超常現象だったら何でもいいという意味で、毒蛇でもいいという話ではない。
先ほど口笛を吹いたのが不味かったのだろうか。
夜に口笛を吹くと蛇が寄ってくるとも言うが、こんなタイミングで寄って来なくてもいいだろうに。
路肩に停めてあったカブに跨り、未練がましく首を伸ばしてお堂の方を見やる。
暗がりの下、蛇も、平家の悪霊も何も見えない。
本日の収穫。
夜中に口笛を吹くと蛇が出るという言い伝えは、あながち間違いではない。
しかしながら心霊スポットで蛇に出会ったのは初めてだった。
生きた人間に出くわしたことは何度かあるが、珍しい体験をしたと言えなくも無い。
ただ、どうせなら毒蛇でも人間でもなく、ちゃんとした怪異に出会いたいものだ。
そんなことをぶつぶつ考えながら、耳なし地蔵を後にした。
アパートに帰ると、しばらくして隣の部屋のヨシが酒とつまみを持って訪ねてきた。
こいつは普段からこちらが作る料理と酒を目当てにやって来るのだが、特に心霊スポット巡りをした日には毎回襲撃されている気がする。
ヨシ「お前、また行って来ただろ」
訳知り顔のヨシが言った。
確かにそうなのだが、なぜ分かるのかと訊くのも癪なので返したことはない。
ヨシ「今日はどこ行ってきたんだよ」
自分「耳なし地蔵」
ヨシ「どこにあんのそれ」
自分「××町の国道沿い」
ヨシ「どんなユーレイが出んの」
自分「平家の悪霊って話だな」
ヨシ「そりゃまた古典的だなー」
ヨシが持ってきた肉やら野菜やらを切ったり焼いたり和えたりしてテーブルに出しながら、同時に耳なし地蔵の概要を簡単に説明してやる。
ヨシ「・・・ふーん。耳なし芳一の元になった話ねー。おー、お疲れ。カンパイ」
缶ビールでテキトーに乾杯して飲み始める。
自分はヨシほど酒が好きなわけではないが、遠出の後のビールだ。
最初の一杯だけなら、まあ、美味い。
ヨシは飲むペースも早く、こちらが一本飲む間に二本か三本空けてしまう。
ヨシ「なー、俺はさー、耳なし芳一で納得できんとこがあるのさー」
じわじわと酔ってきたらしいヨシが言う。
自分「ほう」
ヨシ「坊さんがお経を耳だけに書き忘れたって言うけどさー、おかしーだろ、普通忘れねーだろ」
自分「ほー」
ヨシ「だってよ、体中ってことはひざの裏とか脇の下とか、◯◯◯にだって書いてるんだぜ」
自分「中学生か」
ヨシ「だってだってそうだろだって!そこ書いてそこ忘れるか?普通」
自分「経を書いた布でも巻いてたんだろ」
ヨシ「じゃあ、もっと大きい布に書いて、それ被せとけよ」
なるほど、確かにそうだ。
自分「そう言えば、耳なし地蔵の方は芳一の話と違って、耳を取られた琵琶法師はそのまま死んだらしい。耳取られたくらいで死ぬか?と思ってたんだが、取られたの耳だけじゃなかったのかもな」
ヨシ「◯◯なし芳一」
自分「小学生か」
結局それが言いたかっただけらしいヨシがげらげらと笑う。
もしも、自分が今日平家の悪霊でも別の何かでもいいのでお持ち帰りしていたなら、ぜひ目の前のこいつを祟ってやってほしいものだ、と切に思う。
「♪~♪~」
ほろ酔いのヨシがへたくそな口笛を吹く。
自分「夜に口笛吹くと、蛇が出るぞ」
ヨシ「出るわけねーだろ」
その瞬間、ぼとり、と音がして。
先ほどカーテンレールに吊るしていた上着から何かが落ちた。
蛇だった。
蛇が出た。
信じられない話だが、どうやら耳なし地蔵の場所から、知らずの合間にマムシをお持ち帰りしてしまっていたらしい。
いくらかばたばたした後、玄関にあった箒で蛇の頭を叩き潰した。
一気に酔いが覚めたらしいヨシが何とも言えない表情をしている。
自分としても毒蛇とはいえ一緒に夜のツーリングを楽しんだモノを殺したことに、少々苦さを感じていた。
ヨシ「焼いて食うか」
自分「・・・ウソだろお前おい」
ヨシ「供養だ」
頭を落として皮をむき内臓を取り、そのままコンロの火でカリカリになるまで炙る。
味付けは塩コショウだけだが、意外と美味かった。
ちなみに、嫌々ながらも一緒に食べたヨシは、次の日起きると鼻血で枕が真っ赤になっていたらしい。
蛇の呪いだと言って、朝から騒いでいた。
目的の国道に出てそこから西へ一時間ほど。
いくつか町を通り過ぎ、とある町外れ、川を跨ぐ橋を渡った先に目的のお堂が見えた。
山に上がる脇道の起点に小さな広場があって、その隅に人の背丈くらいのお堂が建っている。
この辺りの道は何度も通ったことがあるが、妙な地蔵があると知ったのはつい最近のことだ。
耳なし地蔵はお堂の下にぽつりと安置されていた。
ライトで照らしてみると、確かに地蔵には耳がない。
最初から無かったというよりはいったん作った後にそぎ落としたような。
その辺りも元の話を再現しているのだろうか。
袈裟は着ておらず前掛けや頭巾もない。裸の上にびっしりと経が彫られている。
地蔵の台座には平べったい穴の開いた石が何個も供えられていて糸で纏められている。
参拝客が置いていったのだろう。
なんでも、この地蔵に穴の開いた石を供えると願いが叶うそうだ。
お堂の傍には立て看板があり、耳なし地蔵の由来が説明されている。
それによれば香料と経の違いのほかにも、芳一は耳を取られたものの生きていたが、この名もなき琵琶法師は耳を取られた後すぐに亡くなってしまったそうだ。
辺りには琵琶の音を聞きに来た平家の悪霊の魂が飛び交っている、といったことは、ない。
「♪~♪~」
悪霊は琵琶の音を聞きに来ているとのことだったので、琵琶の代わりに口笛など吹いてみる。
駄目でもともとの精神だが、夜に口笛を吹くと悪いモノが寄ってくるという言い伝えもあることだ。
曲は適当に最近の流行りからチョイスした。
夜の国道に口笛の音が響く。サビの部分で大きな音を立てながら大型トラックが走り抜けていった。
辺りには何の変化もない。当たり前の話だが素人の口笛程度では駄目のようだ。
だったら、とバッグから穴の開いた石を取り出す。今日のために適当な石を見繕って穴を開けておいたのだ。
音楽で寄ってこないのなら地蔵に直接願って呼び出してもらおうという寸法だ。
台座に石を置こうとして、ふと手が止まった。
「・・・あ、耳か」
思わず呟きが口をついて出る。
事前に調べたときも、立札の説明にもなかったので思い至らなかった。
なぜ穴の開いた石を供えると願いが叶うのか。
不思議ではあったのだが、ここに来て地蔵に供えられたたくさんの石を見てようやく気が付いた。
穴の開いた石は、耳だった。
耳をもがれた地蔵に耳を供えているのだ。
しまったな、と思う。
供え物が耳だとしたら、左右で二つ用意したほうが良かっただろうか。
しかし今は片方しか持っていないのだから仕方がない。
それにただの偶然だが、自分が持ってきた石は形といい大きさと言い地蔵の耳にぴったりだった。
一つでも満足してくれるだろう。
台座に石を供え、手を合わせ、乞う。
悪霊でも何でもいいので出てきてくれないだろうか。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
または何も出ないか。
今までの経験からすれば何も出ないのが当たり前なのだろうが、それを受け入れているならそもそも夜中にこんな所まで来やしない。
ふと、すぐ傍で何かの気配を感じた。
何かが地面を這いずっているような。
嫌な予感と共に、うなじの辺りにぴりっと電気のようなものが走った。
ライトの光と視線をそちらに向ける。
蛇だった。
蛇が出た。
しかも小さいが頭の形からしてマムシだ。
なぜかまっすぐこちらに向かってきている。
長靴でも履いていたら戦ってもいいのだが、あいにく普通の靴だ。
噛まれたら大変なので急いで退散することにする。
確かに何でもいいとは願ったが、それは幽霊や他の超常現象だったら何でもいいという意味で、毒蛇でもいいという話ではない。
先ほど口笛を吹いたのが不味かったのだろうか。
夜に口笛を吹くと蛇が寄ってくるとも言うが、こんなタイミングで寄って来なくてもいいだろうに。
路肩に停めてあったカブに跨り、未練がましく首を伸ばしてお堂の方を見やる。
暗がりの下、蛇も、平家の悪霊も何も見えない。
本日の収穫。
夜中に口笛を吹くと蛇が出るという言い伝えは、あながち間違いではない。
しかしながら心霊スポットで蛇に出会ったのは初めてだった。
生きた人間に出くわしたことは何度かあるが、珍しい体験をしたと言えなくも無い。
ただ、どうせなら毒蛇でも人間でもなく、ちゃんとした怪異に出会いたいものだ。
そんなことをぶつぶつ考えながら、耳なし地蔵を後にした。
アパートに帰ると、しばらくして隣の部屋のヨシが酒とつまみを持って訪ねてきた。
こいつは普段からこちらが作る料理と酒を目当てにやって来るのだが、特に心霊スポット巡りをした日には毎回襲撃されている気がする。
ヨシ「お前、また行って来ただろ」
訳知り顔のヨシが言った。
確かにそうなのだが、なぜ分かるのかと訊くのも癪なので返したことはない。
ヨシ「今日はどこ行ってきたんだよ」
自分「耳なし地蔵」
ヨシ「どこにあんのそれ」
自分「××町の国道沿い」
ヨシ「どんなユーレイが出んの」
自分「平家の悪霊って話だな」
ヨシ「そりゃまた古典的だなー」
ヨシが持ってきた肉やら野菜やらを切ったり焼いたり和えたりしてテーブルに出しながら、同時に耳なし地蔵の概要を簡単に説明してやる。
ヨシ「・・・ふーん。耳なし芳一の元になった話ねー。おー、お疲れ。カンパイ」
缶ビールでテキトーに乾杯して飲み始める。
自分はヨシほど酒が好きなわけではないが、遠出の後のビールだ。
最初の一杯だけなら、まあ、美味い。
ヨシは飲むペースも早く、こちらが一本飲む間に二本か三本空けてしまう。
ヨシ「なー、俺はさー、耳なし芳一で納得できんとこがあるのさー」
じわじわと酔ってきたらしいヨシが言う。
自分「ほう」
ヨシ「坊さんがお経を耳だけに書き忘れたって言うけどさー、おかしーだろ、普通忘れねーだろ」
自分「ほー」
ヨシ「だってよ、体中ってことはひざの裏とか脇の下とか、◯◯◯にだって書いてるんだぜ」
自分「中学生か」
ヨシ「だってだってそうだろだって!そこ書いてそこ忘れるか?普通」
自分「経を書いた布でも巻いてたんだろ」
ヨシ「じゃあ、もっと大きい布に書いて、それ被せとけよ」
なるほど、確かにそうだ。
自分「そう言えば、耳なし地蔵の方は芳一の話と違って、耳を取られた琵琶法師はそのまま死んだらしい。耳取られたくらいで死ぬか?と思ってたんだが、取られたの耳だけじゃなかったのかもな」
ヨシ「◯◯なし芳一」
自分「小学生か」
結局それが言いたかっただけらしいヨシがげらげらと笑う。
もしも、自分が今日平家の悪霊でも別の何かでもいいのでお持ち帰りしていたなら、ぜひ目の前のこいつを祟ってやってほしいものだ、と切に思う。
「♪~♪~」
ほろ酔いのヨシがへたくそな口笛を吹く。
自分「夜に口笛吹くと、蛇が出るぞ」
ヨシ「出るわけねーだろ」
その瞬間、ぼとり、と音がして。
先ほどカーテンレールに吊るしていた上着から何かが落ちた。
蛇だった。
蛇が出た。
信じられない話だが、どうやら耳なし地蔵の場所から、知らずの合間にマムシをお持ち帰りしてしまっていたらしい。
いくらかばたばたした後、玄関にあった箒で蛇の頭を叩き潰した。
一気に酔いが覚めたらしいヨシが何とも言えない表情をしている。
自分としても毒蛇とはいえ一緒に夜のツーリングを楽しんだモノを殺したことに、少々苦さを感じていた。
ヨシ「焼いて食うか」
自分「・・・ウソだろお前おい」
ヨシ「供養だ」
頭を落として皮をむき内臓を取り、そのままコンロの火でカリカリになるまで炙る。
味付けは塩コショウだけだが、意外と美味かった。
ちなみに、嫌々ながらも一緒に食べたヨシは、次の日起きると鼻血で枕が真っ赤になっていたらしい。
蛇の呪いだと言って、朝から騒いでいた。
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