この仕事が終われば、ほとんどの時間は二階の宿直室の布団で寝ていればよく、後に宿直手当も支払われる。

このように宿直は簡単な仕事だが、皆、夜中の精神病院の気味の悪さにこの仕事をやりたがらなかった。

だから私は、小遣い稼ぎによくこの仕事を引き受けていた。

ある私が宿直に入っている日、真夜中に病棟から電話が入った。
事務員用のＰＨＳが鳴っている。
病棟の看護師長からだった。

看護師長「事務員さん、ちょっと」

私「どうしました？」

看護師長「患者さんが、病院の裏山を登っていく懐中電灯の光が見えたって言うんです。こんな時間に・・・」

私「ちょっと待ってください、窓から見てみますね・・・」

病院のすぐ裏には、小さな山がある。
職員はこれを裏山と呼んでいた。

この山では患者さんがよく首を吊るというので、あまり心地のよいものではない。

事務室から山を見た。

私「何も見えないですね。裏山のどの辺りですかね」

看護師長「さぁ。患者さんにしかわからないでしょう？また変わったことがあったら連絡しますね」

電話を切ると、しばらく裏山を眺めた。
正直、裏山の近くまで行くのは躊躇われた。

やはり光なんて見えない。
患者さんが幻覚でも見たんだろう。

宿直室の電気を消して、布団に入った。
寝ればすぐに朝になる。
面倒ごとには関わりたくなかった。

据え置き型の電話が鳴っている。
病院の外部からの電話だ。

私「こちら◯◯精神病院です」

謎の人物「あ、あ、あ、あの、◯◯精神病院ですか。あ、あの、◯◯精神病院ですか？」

私「ええ、そうですが」

謎の人物「あ、ああ。良かった。ねぇ、いますか」

私「どなたのことをお尋ねでしょうか？」

謎の人物「田中先生です」

私「・・・そのような先生はいませんが。その先生は医師ですか？」

謎の人物「医師です。ほら、さっき窓から見ていた」

嫌な予感がした。
電話線を伸ばし、受話器をもってゆっくりと窓から裏山をのぞいた。

懐中電灯の光が、山のふもとの茂みから私の顔を照らした。

「ほら、田中先生？」

受話器を持つ手が震える。

私「あの、私は医師ではありませんし、田中でもありませんよ」

謎の人物「知っています」