我が家の父方の家系は運がいい人が多い。
特に男性。
別に運がいいといっても宝くじでうん億当たったってのじゃなくて、えっ?普通死ぬよね?なんで生きてんの?っていう運の良さ。
私の知る限りでも祖父・・・。
開戦前から海軍の下士官として太平洋戦争に従軍。
三回乗艦を撃沈されるも無傷で復員。
(うち二回の撃沈は囮として米軍の主力艦隊との殴り合いによる)
特に男性。
別に運がいいといっても宝くじでうん億当たったってのじゃなくて、えっ?普通死ぬよね?なんで生きてんの?っていう運の良さ。
私の知る限りでも祖父・・・。
開戦前から海軍の下士官として太平洋戦争に従軍。
三回乗艦を撃沈されるも無傷で復員。
(うち二回の撃沈は囮として米軍の主力艦隊との殴り合いによる)
さらに二回事故で海上に墜落。
戦後バイクでツーリング中に事故るも無傷(バイクは廃車になるほどの損傷)。
余命1年と宣告されて5年生きる。
大叔父(前述の祖父の弟)。
空襲で逃げてる途中目の前に焼夷弾が落ちるも不発により助かる。
父。
人生で7回原付で乗用車と衝突するも無傷後遺症もなし。
遊びでスキージャンプのジャンプ台から跳んで着地に失敗するもやはり無傷。
他にも大叔父の息子さんたちも色々体験している。
何か憑いてるのか?我が家の男性陣。
本当何者かに守られてるよね。
ある意味運が悪いっちゃ悪いね。
ただ個人的に運の良さは父だNo.1だと思うよ。
話を聞く限り、父以外の人はトラブるに巻き込まれるタイプなんだけど、父は自分から周りを巻き込むことが多々ある。
そして巻き込まれる人が被害を受けても父自身には被害がない。
あと最近はこの力?ベクトルは違うが姉に遺伝した?気がしてならない。
先ほど母と父について電話で話してて、「そーいや父は運が良いよね」なんて話してたら、「いや、一番運良いの貴方だから」と言われました。
私の人生において父や祖父のように死ぬような事故や事件に遭遇したことがないので意味が解らなかったのだが、驚くことに何でも全て乳幼児期に起きたとのこと。
なんでも私は難産でゆっくり産まれてきたらしいのですが、その時、臍の緒が首に絡まっていたらしく、もし勢いよく出てきていたら間違いなく窒息死だったそうです。
しかし、産まれた後、未熟児というわけではなかったのですが、みずぼうそうか何かで皮膚に重大な疾患を抱え、即ICUに入ったそうです。
その後の検査で多くのアレルギーやら疾患を抱えていることが判明し、医者曰く、「よく生きて5歳まででしょう」と言われたらしい。
まぁ結論から言うと、こうして書き込んでいるので5歳まで~というのは見事な誤診だったわけですが、当時の母は医者に「どーすれば少しでも長く生きれますか?」と必死だったそうで、医者の方もそんな母を見て様々な助言やら治療やらを施してくれたそうです。
それでも医者の見立てでは生き延びても大きな後遺症が残ると考えてたらしいのですが、驚くことに現在の私は多少体は弱いもののアレルギーもなく、特にこれといった後遺症もなく立派に育ちました。
戦後バイクでツーリング中に事故るも無傷(バイクは廃車になるほどの損傷)。
余命1年と宣告されて5年生きる。
大叔父(前述の祖父の弟)。
空襲で逃げてる途中目の前に焼夷弾が落ちるも不発により助かる。
父。
人生で7回原付で乗用車と衝突するも無傷後遺症もなし。
遊びでスキージャンプのジャンプ台から跳んで着地に失敗するもやはり無傷。
他にも大叔父の息子さんたちも色々体験している。
何か憑いてるのか?我が家の男性陣。
本当何者かに守られてるよね。
ある意味運が悪いっちゃ悪いね。
ただ個人的に運の良さは父だNo.1だと思うよ。
話を聞く限り、父以外の人はトラブるに巻き込まれるタイプなんだけど、父は自分から周りを巻き込むことが多々ある。
そして巻き込まれる人が被害を受けても父自身には被害がない。
あと最近はこの力?ベクトルは違うが姉に遺伝した?気がしてならない。
先ほど母と父について電話で話してて、「そーいや父は運が良いよね」なんて話してたら、「いや、一番運良いの貴方だから」と言われました。
私の人生において父や祖父のように死ぬような事故や事件に遭遇したことがないので意味が解らなかったのだが、驚くことに何でも全て乳幼児期に起きたとのこと。
なんでも私は難産でゆっくり産まれてきたらしいのですが、その時、臍の緒が首に絡まっていたらしく、もし勢いよく出てきていたら間違いなく窒息死だったそうです。
しかし、産まれた後、未熟児というわけではなかったのですが、みずぼうそうか何かで皮膚に重大な疾患を抱え、即ICUに入ったそうです。
その後の検査で多くのアレルギーやら疾患を抱えていることが判明し、医者曰く、「よく生きて5歳まででしょう」と言われたらしい。
まぁ結論から言うと、こうして書き込んでいるので5歳まで~というのは見事な誤診だったわけですが、当時の母は医者に「どーすれば少しでも長く生きれますか?」と必死だったそうで、医者の方もそんな母を見て様々な助言やら治療やらを施してくれたそうです。
それでも医者の見立てでは生き延びても大きな後遺症が残ると考えてたらしいのですが、驚くことに現在の私は多少体は弱いもののアレルギーもなく、特にこれといった後遺症もなく立派に育ちました。
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