大学3年の夏、俺は日本一周の旅をした。
その時の体験で怖い?話を1つ。

旅の中で有難いのって人の好意。
その時も東北の港町で「今日の漁手伝ったら夕飯食わせちゃる」と漁師のオッちゃんの言葉に俺は甘えることにした。

しばらく船を走らせるとブイが見えてきた。
オッちゃんは「エンジンの調子が悪いから見てくるわ、ブイだけ引き上げとけ」と言って奥に消えてった。

俺「ヘーイ」

言われた通りにブイを手繰り寄せようとしたら、急にトプンッと沈んだ。

アレ、沈んだ?
波に飲まれたのか?
今日風ないぞ・・・。

海面を見てると、またポコンと目の前に丸い物が浮かんだ。
大きさ的にブイなんだが・・・。

しかしその球体はまたすぐにスっと沈んだ。
早く浮かんでこいよ・・・少し苛立ってきた。

俺は落ち着くために背伸びして「ふぅっ」と息をして気を取り直した。
そして海面を見ると目線の軌道上で何か見えた。

海面から顔の上半分だけ出して女がこっちを見てる。
心臓と耳と鼻が連動してバクバク拍動する。
少し濡れた黒く長い髪を真ん中で分けて鋭い目つきでこちらを見ている。

俺との距離約1m。

俺「でたーーー!!」

こちらを睨みつけてはいるが結構美人だ。

俺「でたーーー!!」

すっ飛んで来るオッちゃん

「どうした?!何が出た?!」

俺「女の霊が!!!」

オッちゃん「は?幽霊?・・・居ねーぞ?」

海を見ると居ない・・・。

オッちゃん「何かと見間違えたんだろ、それとも人魚でも見たか?土左衛門なら引き上げとけ、大漁になるって言うからな」

オッちゃん「いい加減な仕事だとメシ抜きだぞ」

俺は強引に再開した。

一体なんなんだアレ。
頭がオカシな人?
信じたくないけど幽霊?
俺憑りつかれたの?

俺は目を逸らして体を完全に元の位置に戻すと、海を見ないように手探りでブイを寄せることにした。

ここはガン無視でやり過ごすしかない。

すると手先になにか気配?を感じて手元から海に目線を移すと女が居た。
やはり顔を半分だけ出して睨んでいる。

俺「キターーー!」

本当にそう叫んでしまった

オッちゃん「今度はなんだ!?」

俺「出で出た!また出た!幽霊!」

オッちゃん「幽霊がなんだ!俺は幽霊より台風や大荒れ、不漁続きの方が恐いんだよ!黙ってやれ!!次は海に突き落とすぞ!」

幽霊も怖かったけどオッちゃんも怖かった。
早く帰りたかった。

意地だ、これが終わったら帰れるんだ!
念仏を唱えなんとか落ち着き深呼吸し息を整え海を見た。

女がいた。

もう叫ぶ気力もなかった、つか泣いた。

俺「ふぇぇ・・・もうやめてよ・・・グスっ・・・うぅ」

女は全く反応がない。

俺「なんか用?グスッ、この世に未練あるの?グスッ、俺何も出来ないよ・・・」

俺はクーラーボックス(私物)の取り出し小口からコーラを取り出した。

俺「飲む?」

相変わらず睨みつけているだけの女の顔の前(船のヘリね)に恐る恐るコーラを置いた。

俺「ポテチも食べる?」

ポテチの袋の開いた方を差し向けて同じようにコーラの横に置いた。

俺「なんで出てくるの?お願いだから帰って・・・帰って下さい、グスッ」

俺が泣きながら懇願すると女はすーっと下がって見えなくなった。

俺はしばらく固まっていたが、恐る恐る海を覗き込んだ。
丸い物が浮かんでビクッとしたが、それは仕掛けのブイだった。

その後、漁は大漁だった。

オッちゃん「船が沈んじまうなぁ!本当に人魚にでも見惚られたか?」

オッちゃんは上機嫌に笑っていた。

夜になってオッちゃんに幽霊の話をした。
隣で聞いてたじい様に「そりゃ人魚だ、珍しいねぇ。機嫌を損ねると海に引きずりこまれるよ」と言われた。

オッちゃんは今でも漁に出る前に船にコーラとポテチを供えてるらしい。
そうすると魚がよく捕れると言っていた。