今から10年前。
日本中が大不況に苦しめられていた頃の話。

ある会社がリストラを行うことになった。
上司から遠まわしに早期退職に応募することを促された中年の男性社員は、絶望して、発作的に3階の窓から飛び降りた。
だが彼は死ななかった。

3階程度の高さでは死ねないこともあるのだ。
彼は病院に担ぎ込まれた。
意識を取り戻した彼は家族から叱責され、自分のしたことの愚かさに気付き、なんとか新しい仕事を見つけられるように頑張ろうと決心した。

だが次の日、彼は容態が急変して亡くなった。
悲劇はここからである。

病院に担ぎ込まれて一度意識を取り戻しているために、彼は「自殺」ではなく「事故死」とされた。
それも彼自身に大きな過失がある事故である。
その結果、遺族への労災保険からの給付金が大幅に減額された。
彼自身が死亡しているので、会社側から退職金が支給されることもなかった。

一方、会社側は社員全員に生命保険をかけていた。
社員が死亡した際に、その損害を埋め合わせるために会社に対して保険金が支払われるのである。

会社は彼の死を理由として規定通りの保険金を受け取った。

もうすぐ辞めてもらうことになっていた彼の死を理由としてである。